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傷を纏う、歩く

はじめに、ひとつの[イメージ]があった。
無数の虫たちが歩いている。
彼らはひと足ずつ、一定の速度をもって進む。近寄れば、彼らは互いにぶつかり押し合って、ときに逆行し、あるいは倒れて踏みつぶされていく。

わたしが座っている地べたも虫たちが形作っている。芝草も、椅子も、土肌も、カーペットも、合皮のクッションも、虫たちが歩いている。
おおきな交差点に人が流れ出す。ことばになり切らぬノイズが飛び交い、わたしは歩きはじめる。堰を切ったように渦巻く虫たちのなかに入ってゆく。
わたしの肌をみる。肉眼でわからないほどの細かい溝が刻まれている。薄い皮膚の下に振動する細胞の呼吸する、虫たちが絡まり合っている。気を抜けば容易く崩れ落ちそうな、虫たちの集まりである。

薄い皮膚をめくると、虫たちが覗く。
列を作って、彼らは何かを運んでいる。何かを探している。彼らは群れて何かを襲い、あるいは逃げて、足並みをそろえ、ただひたすらに歩いている。描かれた覗き穴の縁は齧られ、擦られ、風に触られてひび割れていく。
虫たちの顎の音が鳴り、わたしは砂粒のかけらに散らばっていく。
虫たちの粘液が紡がれ、わたしの指先が背骨とつながっている。
虫たちの歩みは、わたしの形を変えていく。
虫たちの足跡は、わたしの筆跡となる。
虫たちの摩擦する音は、わたしの声だ。
虫たちの視線は、わたしの意思だ。

虫たちは、わたしだった。
わたしは、虫たちに映る光の揺らめき。

皮膚をめくると、虫たちが歩いている。歩いている。歩いている。わたしは[傷]をつける。虫たちがあふれ出してくるのがみえる。虫たちは列をなして、あるいは抜けた床から放り出されるかの如く、進んでいく。虫たちは呼吸している。わたしも息をしている。鼓動を合図として虫たちは歩いていく。
わたしは、虫たちを伝うさざめき。
虫たちは歩いている。

虫たちは列をなして歩いている。
虫たちは雲散する。
虫たちは降り積もる。
虫たちは、文字に似ている。

わたしは歩いている。
わたしは日差しの方を向く。誰かが私をみている。
わたしは立ち止まる。ほほ笑む。
わたしは群集のなかに入り込んでいく。
しばらくして人ごみを抜ける。

そしていつしか、虫たちは群れを解体し、散り散りに歩き去る。

風が、かけていく。

[傷―風化]歩く

(歩くひと)

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