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[傷–風化]・導入文

※幻視譚では、来春公開予定のインスタレーション[傷–風化]に向けた実験を行っています。

僕は少しだけ、彼女のことを知っている。その一端を、あなたと共有しようと思う。

彼女は迷う人だ。彼女には見たい景色があって、何ならもうそれが見えているのだけれど、肝心の現場にはなかなか辿り着けない。

饒舌な彼女の体からは、
言葉がこんこんと湧いてくる。
寡黙な彼女の体には、
実は無数の言葉がつっかえている。
将棋の駒のように慎重に言葉を指すこともあれば、
その辺に言葉を放り投げる適当さもある。
そして、
饒舌な彼女は、大抵絵筆を握っている。

少し前から、彼女は蟻の絵を描きはじめた。傷口を通して蟻の姿が浮き彫りになるような、不思議な絵だ。ところどころ、不恰好なクモやムカデもいたりして。

彼女は、この傷を纏って街に出たいらしい。
傷を纏った彼女の姿は、あなたの眼にどう映るのだろう。

趣味の悪いパフォーマンスだと一蹴する人がいてもおかしくはない。異様な光景として脳裏に焼き付いてしまう人だっているだろうし、すれ違う何千人のうちの何人かには、深く共感してもらえるかもしれない。

しかし、彼女が纏っている傷はあくまで偽物である。突発的な事件でも発生しない限り、彼女の肉体に本物の傷口が開くことはないだろう。所詮はただの絵なのだ。

そして描き手である彼女には、この絵を保存しようという意思がないらしい。擦ったり濡れたりすることで、傷穴は少しずつ風化していく。このお祭りが終わったら、風化した跡ですら綺麗さっぱり洗い流されることだろう。

では。彼女が纏う鮮やかな斑点を、僕たちはただの模写として片付けられるのだろうか?

ここで、本物の傷について考えてみる。うっかり手を滑らせて、あるいは意図的に、刃物に切断される皮膚。傷がぱっくりと開く。痛い。

普通は消毒して、絆創膏を貼って、おしまい。生活の中に傷が組み込まれる。気づいた頃にはカサブタができていて、それをめくって遊んだりする。そのうち、傷口は傷跡になり、すっかり元の肌に馴染む。絵との違いは、痛みがあるかどうか、より脆弱かどうかに限られるようだ。

たとえば、舞台を不健康な肉体に移したらどうだろう。朽ちていく途上にある肉体が傷を負った場合、何が起きるのか。

きっと、虫が群がるに違いない。宿主が抜けかかっている肉体は、分解されたがっているのだから。蟻が群がっている傷穴は、きっと近い未来の死体なのだ。

彼女は健康な肉体を舞台にして、それでも死体を志しているように思える。

分解者である虫は、肉体の破片をさらに細かく裁断し、てくてくと拡散する。かつて意思の宿っていた肉体の持ち主は、徐々に霧消する。離れた位置からそれを眺める僕には、死体が風に溶けたように見えなくもない。

傷を纏った彼女も、やがて歩き去るだろう。

(にたろ)

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