あるアイドルグループの“聖地”となっている神社について

 テレビのニュースで、あるアイドルグループの“聖地”となっている神社で所得隠しがあり、うんぬん、と言っていた。で、話を聞いていると、このグループを象徴するような「8」のマークがこの神社の売っているお守りのデザインと似ていることから、ファンのあいだでこのスポットが聖化(スペイン語風に言えばコンサグラード?)されたようだ。はじめ私はこのニュースを聞いて、かるい混乱を覚えた。それはどういう混乱だったのか?
 まず、ふつう「聖地」というとき、サンティアゴ・デ・コンポステーラとか、そういう場所が思い浮かぶかもしれない。これは、宗教的な巡礼の地を指すような用法だといえるだろう。そこはキリスト教とかイスラム教とかユダヤ教とかの発祥の地なのかもしれないし、聖人がそこで奇蹟をおこした、みたいな由来があるのかもしれない。それとは別の用法として、サッカーの聖地、というような言い方もある。この「聖地」は「メッカ」と言い換えることが可能だ。これは宗教的な色彩がより薄く、ただ単にサッカー人口が多いくらいの意味合いでも使われうる。で、この神社はアニメ「らきすた」の聖地だ、とかいう場合の「聖地」は、ゆかりの地というか、ロケ地というか、作品のモデルになっている場所というか、まあ、そういうことだろう。やはりファンとしてはそういう場所に訪れたいと思うものなので、そういうスポットを巡ることになる。その巡り歩くさまが宗教的な巡礼にもなぞらえられることから、その巡礼の目的地にも「聖地」というお馴染みの語があてられるようになったのかもしれない。いずれにしても、ここはこの作品の聖地だというと、その実在の場所は多かれ少なかれフィクションのなかでも描かれている、ということが期待されるはずだ。
 わたしがこのニュースでまず意表をつかれたのは、そういう期待を裏切られたからだと思う。国税庁ににらまれているこの宗教施設は、以上のような意味合いにおいての「ゆかりの地」ではないのだ。アイドルグループとの結びつきは、つきつめていくとお守りのデザインに還元できるように思われる。すべてはその偶然の一致(といって差し支えないと思うのだが)のなせるわざであり、その偶然の一致にきづいたファンからうまく拡散がなされたというこれもまた偶然だが———とまあ、その帰結にすぎないのではないか。
 しかしその結果、その神社にはお守りを求めてファンが殺到したとのことであるから、結果的には人々が押し寄せる「聖地」のようになっているといえるかもしれない。でも、ここにわたしは何かふんぎりのつかないものを感じてしまうのだ。
 縁結びの神社とか、そういう効験で有名な神社は多いとおもう。事実は、この神社のおまもりにかんして、スーパーエイトのファンによって新たな効験が見出された、ということではないのだろうか。スーパーエイトのファンであればそこに感じずにはいられないありがたみが、この神社のおまもりにあることが発見されたのだ。だから、この神社は「恋人たちの聖地」とかいう場合の「聖地」に近いのかもしれない。しかし、「恋人たちの聖地」はいわば選り好みをしない聖地、つまり、恋人でさえあればどんな恋人であろうと受け入れる聖地であるわけだが、この神社に関しては、今のところ特定のアイドルグループのファンにとっての聖地にすぎないようだ(この神社はスノーマンの聖地にもなっているようだが、話がややこしくなるのでここでは無視したい)。しかし、いずれは限定が解除されて、任意のアイドルグループのファン一般にとっての聖地、となるかもしれない。
 でもやはり思うのは、この聖地は成り立ちがちょっと不純だということ。だって、神社はそもそも多かれ少なかれ聖なる場所じゃないですか。

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