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出来れば元気なままで

11月のこの頃になるといつも思い出す

以前の職場でお世話になった方が
末期がんで入院したと連絡があった

一緒にお見舞いに行きましょうと
元同僚に誘われたものの、病床のその人が
私に逢いたいと言っていないなら
余計に疲れさせてしまうのでは無いかと
色々考えて踏み出せずにいた

最後だからなんて簡単に言うけれど
今現在私の中のその人は元気な姿のままだ
病床のその人に逢ったら記憶が書き換わる
せめて私の中でだけは元気なままでいてほしい
私の中のあの人にまでとどめを刺すのは
あまりにも残酷ではないだろうか。

とは言えこのままでは私の心にしこりが残る
いや、そんな事をこの期に及んで考えている
小さな自分がつくづく嫌になってきた。

病床の彼はもともと恰幅の良い体型だったが
記憶が結びつかないほどに痩せてしまっていた
そのままで良いよと私は言ったが
うんしょと起き上がると以前のように笑って
一緒に働いていたときの話を少しして
もうじき新しい年が来るなぁ、俺もその頃には
退院できるんだ、また会おうなと少し寂しそうに
私を病室から送り出した。

12月の初め、彼は静かに旅立った
あの時彼は自分に残された時間がもうあまり
ない事を理解していた。
私は泣いた、やっぱり逢わなければよかった
こんなに悲しい嘘を彼につかせてしまった

私を通り過ぎていったたくさんの人たち
みんなの心の欠片は私の中に今もある
あれから10年、今でもこの時期になると
その時のことを思い出す、でも今では
彼の嘘も優しい嘘に思えるようになった

あの人も私の心の欠片をもっていってくれたかな

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