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【解説】 FBI HRTとは?

※ 内容は限られた公的情報や画像資料等を参考にしているため、全てが正しいとは限りません。参考程度にご覧頂ければ幸いです。

この記事では、世界最大のアメリカの法執行機関(LE)である『FBI』が保有する2つの特殊部隊を解説する記事のパート2です。

まだパート1 (FBI SWAT紹介編)を読んでいなければ、こちらからご覧下さい。

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FBI HRTとは

FBI HRT

HRT (Hostage Rescue Team)は人質救出部隊の略で、米国陸軍特殊部隊デルタを参考に対テロ部門として、1983年に新たに創設されたFBIの特殊部隊です。

部隊章

Servare Vitas (命を救うために)』をモットーに、SWATでは困難な特殊作戦などの任務にあたります。

壊れた鎖を運ぶ鷲が描かれた部隊章は、鎖が人質を意味し、「HRTが人質事件の連鎖を断ち、人々の命を救う」というモチーフです。


元からあったSWATの職種の一種という訳でなく、同じFBIの特殊部隊でも、SWATとは役割も技術も指揮系統も完全に異なる『全く別の部隊』となっています。

LEにおいて同じ機関に2つの特殊部隊が存在すること自体珍しいことなので、文字通りの“特殊部隊”と言えるでしょう。
創設にはデルタだけでなくDEVGRU(旧チーム6)等の米国トップレベルの特殊部隊も関わっており、これらの部隊とは共同トレーニングはもちろん、9.11後に米軍が中東へ展開していた頃は、LEであるにも関わらず軍事作戦にも加わっていました。

イラク展開時代の元HRT隊員、Greg Shaffer氏

このようなことからも他のLE系特殊部隊とは一線を画する存在であり、他の米国LE特殊で「2番手」と言えるような部隊とも、大差をつけて高い技術を持つ、最も優れたLE特殊部隊です。


HRTの主な任務

公式に挙げられている主な任務は以下の通り。

  • 船、航空機および大型車両を使った強襲

  • テロリストによる作戦/攻撃の迅速な鎮静化

  • 犯罪者や逃亡者の追跡及び逮捕

  • 密かに建物に侵入し、人質を救出する

  • 各種イベントや海外でのFBIや米国政府の保護

  • ヘリコプターからのラペリングによる突入

人質救出部隊という部隊名ですが、実際のところ人質救助だけが仕事ではありません

軍のTIER1クラスの特殊部隊出身者が揃っていたため、一時期はアフガニスタンやイラクでの軍の特殊作戦にも同行していました。
しかし、国外任務は過剰とする意見から、近年は国内事件が基本となっています。(LE特殊部隊として、本来あるべき姿に戻った)
ただ、その後も技術支援要員として個別での海外派遣は続いているようです。

アフガニスタン派遣時代のHRT

とはいえ、やはりHRTだからこそできる技術は他でもなく『人質救出』にあります。

FBI SWATをはじめ、各地域警察のSWATの戦術は、防弾盾等を使用し、時間をかける周到な突入(デリべレートエントリー)を中心とします。
こうした戦術は危険度の高い活動には有効ですが、人名が危機にさらされている場合には十分でない場合があります。

それに対して、HRTは突入スピードが遅くなる防弾盾等は使わず、より素早く動けるように身一つで危険に立ち向かいます
素早く動けるといっても、相手も銃を手に待ち構えているような状態の部屋に突入するのは、いくらフラッシュバン等があるとはいえ、人質だけでなく自分自身の命も危険にさらされます。

しかし、人質事件のように切迫した状況では、わずか1秒の差が命に関わるため、圧倒的なスピードと制圧力による突入技術(ダイナミックエントリー)が重要となりますが、これを実践できるようにするには桁違いの努力が必要になります。

もちろん、こうした人質救出の技術を身につけようと訓練するLE特殊部隊もいますが、実際にはその大多数で、人質救出は「とうてい無理な業務」と認識されており、これはSWATらの技術が低いのではなく、それほどに人質救出は困難を極める技術なのです。

また、彼らはあくまで兵士でなく法執行官です。突入したあと、それでもその容疑者を撃たないという判断が瞬時に下せる能力も求められるです。

元HRT隊員Christopher Whitcomb氏の著書でも、HRTの任務の大変さを知ることができます。

勤務形態と採用

このような高度な技術が求められるだけあって、その選抜課程は米国屈指の苦痛のフルコース体験として有名です。

応募は男女問わず3年以上現場経験があるFBI捜査官なら誰でも可能で、純粋に能力のみで選考されます。
2006年以降は戦術採用プログラム(TRP)により、現職FBI捜査官でなくても軍または他の法執行機関からも応募できるようになりました。ただし、経歴は関係なく、元SEALsだろうと試験時の能力でのみ選考されます。
(TRPでHRT選抜に合格した場合、その資格取得はFBI捜査官として2年間経験を積んでからになる)

試験は年に一度2週間かけて行われます。悪名高い米海軍SEALsの選抜課程BUD/Sに比べればずいぶん短期間ですが、そのぶん凝縮されており、「最も楽な日」と言われる初日の朝食前には多数の脱落者が出るほどと言われています。

過酷な選抜を突破し、2割に満たない生き残りの一人になれたとしても、さらにセレクションがあり、本当にHRTになれる者は一握りしかいません。
また、HRT資格を取得後もNOTSと呼ばれる1年に及ぶ新戦闘員訓練があり、ここでも高水準の得点を取り続けなければ追い出されてしまいます。

現在FBI全体の職員数がおよそ36000人いるなか、HRTは約100人が在籍しています。
全体の約0.2%しかいないことからも、他のLE特殊部隊よりも狭き門なのが想像できます。


捜査官の業務と兼業のパートタイム制であるSWATは、各支局に分散して配属されていますが、HRTはフルタイム制となっており、普段はバージニア州クワンティコにある、ワシントン支局が保有するFBI屈指の大規模訓練施設で過ごします。

その代わり、重大事件対応群(CIRG)の指揮下にあるHRTは、出動要請があれば米国全土4時間以内に展開できるよう常に有事に備えています。
(休暇中でも出動要請があれば “1時間後に集合” なんてこともあるそうです)

チーム構成

フルタイム制のHRTは、基本的な実動部隊である

  • Gold

  • Blue

  • Silver

3つの強襲チームで、運用/訓練/支援を60日ごとにローテーションしています。

また、同じHRTとして実動チームをサポートする

  • TMT (Tactical Mobility Team)

  • K9

  • THU (Tactical Helicopter Unit)

といった専門技能チームもあります。

チーム章とコールサイン

それぞれのチームは動物をモチーフにした『チーム章(パッチ)』を身に着けており、コールサインも各チームの頭文字からとったものを使用しています。

Gold:シュモクザメ
Blue:羽
Silver:ゴリラの頭骨
TMT:歯車とサイ
K9:犬の牙と爪
THU:部隊章とほぼ同柄

HRTは創設に携わったデルタとの関わりに注目されがちですが、創設初期の隊員はDEVGRU等の特殊部隊から引き抜かれたメンバーで構成されていたため、チーム章のデザインや形状はデルタよりもDEVGRUの影響を少なからず受けています。

コールサインについては、過去の海外派遣時には「FB」や「C」といったものも使われていました。FBについては陸軍特殊部隊との区別のためにFBIの頭2文字をとったもの、Cはチャリーチームを表していると考えられますが、これらが使用されていたのはアフガンやイラク派遣時のみです。

このほか「BD」といったコールサイン等も一部確認されていますが、あくまで基本は上の画像の通りです。

3つの実動部隊

前述の通りGold/Blue/Silverの3チームが基本的な実動部隊で、出動要請がかかった際には、このうち運用期間中のチームが現場に向かいます。

各チームはその中でさらに複数の班(正確な数は不明ですが、アルファやブラボーといったフォネティックコード呼称)に分かれており、強襲班と狙撃班で構成されています。

左からGold、Blue、Red

Gold

Goldチームは、マリタイム(海事任務)技術が他のチームより強化されており、厳しいHRT選抜試験をパスした隊員の中から、さらに優秀な隊員のみ配属できる、最精鋭チームとなっています。
能力が認められれば、他のチームからGoldチームへ異動することもあります。

Stephen Shaw氏

2013年、訓練中の事故により亡くなったStephen Shaw氏もGoldチームの隊員でしたが、元々はBlueチームに在籍していました。

近年の出動としては、2021年ペンシルベニア州レディング市で、FBIと銃撃戦となり逃亡した容疑者の捜索に出動しています。

同事件でのGoldチーム


Blue

Blueチームは、2015年のNY脱獄事件にて、脱獄犯のマンハントに出動したことで知られています。

同事件でのBlueチーム

Goldのチーム章はシュモクザメのモチーフが使われていて、海事任務にも特化していましたが、この特性とモチーフ自体に今のところ関連性はなく、羽のモチーフだからといって航空任務に特化しているという訳ではないようです。
(UH-60Mヘリコプターもチームごとに、一基ずつ配備されている)


Silver

Silverチームは、まだ目立った出動は少ないですが、数少ない出動例として、2020年ワシントンで起きた暴動の沈静後、様子を見に来た際のものがあります。

特に海外派遣の多いチームのようで、その派遣は部隊単位ではなく、狙撃や偵察、EOD、交渉等の技術支援要員(Observer)として、個人単位で特殊作戦部隊に加わっているようです。

初期のHRTはGoldとBlueの2チーム編成でしたが、隊員の増加やチームの負担軽減等の様々な理由から2000年以降に追加されたチームと考えられます。公式の情報や文献も、Silverチームだけほぼ0ですが、基本的にはBlue同様の扱いのようです。


サポートチーム

続いて、現場にて上記実動チームをサポートするのがTMT/K9/THUといった、より専門的な技術を持つチームです。
特にK9/Medic/Breacher/TMTは、まとめてGreyチームと呼ばれています。(ただし、役職ごとにパッチやロゴが存在する)

SWATでは、FBI K9やSABT等の専門技能は「別グループ」扱いと説明しました。
それに対してHRTにおけるこれらの隊員は、基本的に現場ではそれぞれが持つ専門技能を発揮する活動をしますが、彼らもまたHRTの一員であり、実動チーム同等の戦闘スキルも持っています。
(詳細がわからないことが多いため、今回ここでは記述しませんが、訓練や交渉を行うチーム等も存在し、強襲部隊以外に10以上のサポートチームが存在しているようです)

Tactical Mobility Team

TMT(単にMobilityとだけ呼ばれることもある)は、出動する場所を選べないHRT隊員たちを、あらゆる乗り物を使って目的地に届ける、操縦のプロフェッショナルチームとして2006年に新設された支援部隊です。

HRTが所有するSUVやポラリスMRZR4バギー等の車輌だけでなく、ボートやヘリ、スノーモービルをも乗りこなします。
現場到着後は実動チームと一緒に行動するため、戦闘チームの1つとしても運用されています。

また、地方局SWATにはない特殊車輌等も持っていることから、TMTはHRTの実動チームだけでなくSWATもサポートします。

SWATとハリケーンによる災害支援を行うTMT

TMTを紹介する特設サイト


HRT K9

HRTのK9は、FBI K9同様に警察犬ハンドラーペアで構成されており、十数名の実動チーム隊員に対して一組か二組程度が同行します。
(HRTのK9は確かに“FBIのK9部隊のひとつ”ではありますが、FBI K9とは別グループになります)

同じFBIの中のK9でも、指揮系統が異なる

FBI K9と比べると、FBI K9はRG装備の簡素な装備を使用していることが多く、現場での戦闘への参加をあまり想定していないようですが、HRT K9は他の隊員同様にライフルも持ったフル装備で行動し、一人の戦闘員としてみなされているのがわかります。


Tactical Helicopter Unit

THUは、名前通りのヘリコプター専門チームです。TMT隊員にもヘリコプターを操縦できる隊員がいますが、こちらは更に高度な操縦技術を持つとされています。

さすがにTHUに関しては、フル装備でヘリを操縦するということはなく、その専門性からも戦闘員としての技術まであるのかは不明です。


このようにHRTはあらゆる技術を文字通りの最高水準でいつでも提供できるよう、今この瞬間も備えているのです。


FBI HRTの実状

HRTの出動まで

HRTはSWATと比べると、事件出動や訓練の様子等がメディアにほとんど出ない、圧倒的にクローズな存在です。

FBIにおける重大事件への対処の段階は

  1. 管轄の地域または州の警察

  2. 上記に属するSWAT

  3. 地域のFBI支局 (地域SWAT)

  4. 地方のFBI支局 (地方SWAT)

  5. CIRG (HRT)

となっています。
4までが「ウチで対処するにはリスクが高すぎる」となれば、HRTの出番です。

とはいえ、地域警察で対処できないレベルの事件は滅多になく、ましてやFBI SWATでも対処しきれないとなると相当危険な事態です。

近年の出動は2015年のNY脱獄事件に加え、その前年のボストンマラソン爆弾テロ事件が有名ですが、いずれも「人を殺した人間が住宅街に逃げて行方がわからなくなる」という事案で、広範囲をしらみ潰しに捜索する必要があるだけでなく、いつ人質をとられてもおかしくない状況です。
確かにこのような状況では、出せるだけの人員が全て必要ですし、更なる死者を増やし兼ねず、容疑者を見つけるまで事態は終息しません。

要するに、これだけの危険な状況になるまで通常の事件出動はしない部隊がHRTなのです。

2022年1月、テキサス州での人質事件に出動


HRTの装備

昔はHRTもSWATと同じくRGの装備を使用していた時期ありましたが、基本的には迷彩服を着ることがほとんどで、2013年までには改めてマルチカム装備に完全に更新されており、そのマルチカム装備のほうが今は有名かと思います。

2010年頃は国内ではRG装備を使用していた

HRTは軍の特殊部隊出身者が多かったためか、初期の頃から軍の特殊部隊のような身なりをしており、あまり警察特殊部隊的な雰囲気ではありませんでした。
現在では他のLE特殊部隊でもマルチカムの装備スタイルが一般的になってきていますが、LE特殊部隊としては、2015年までに既にそのような装備になっていたのは非常に珍しかったです。

訓練中のHRT

また、装備調達はSWATとは完全に別であり、SWATの装備は『支給』制であるのに対して、HRTには専属の補給係がいるため『欲しい』と思ったものは大抵は調達でき、要望に沿ってオリジナルのナイロンギアを作ってもらうことも可能です。

かなり贅沢そうですが、使用するギアの使い勝手で、動きに1秒でも誤差が出れば、それが重大な結果に繋がりかねない、そういうレベルの仕事をしている彼らには重要なことと言えます。

もちろん現代の特殊部隊同士ですし、SWATと被る装備品もありますが、基本的にそれらは『偶然の一致』です。
それこそCRYE製のギア等は、今どきどこの特殊部隊でも使われているので、両部隊で使われていますが、それが隊員の手元に来るまでの調達ルートは異なります。

なので、何かの使用例において「HRTが使用しているということは、SWATでも…」的なことは、その逆も含めて基本的に関係ないです。


このほかSWATでは、ヘリを所有するFBI支局自体が少ないのに対し、専用のブラックホークを各チームごとに持っているほか、大量の様々な銃を購入したりしています。

FBI自体が、様々な装備品をテストし、報告を行ったりする研究機関としての側面もあるため、HRTもそのテスト等に協力するため、様々な物品を調達しているようです。


SWATとの関係性

とにかく同じFBIの特殊部隊でも、『HRTとSWATは全く別物』ということを、何度も強調してきました。

SWATでは対処できない事態に、HRTが駆けつけることからも、協力関係はもちろんあるのですが、意外にもSWATとHRTの関係性は“密接ではない”のです。

共同訓練も全くしないわけではありませんが、滅多にしません。共同だとしてもSWATと1対1ではなく、他のLEの部隊も混ぜての、もっと大きな規模での訓練でしかやりません。

HRTとSWAT、地域警察部隊での合同訓練の模様で、SWATだけ別行動をしていたため、HRTと映っていない

このほか、事件現場で一緒になっても、状況の引き継ぎをしたりはするものの、一緒に行動や突入をしたりすることは少なく、お互い別々に行動していることが多いです。(もちろん例外はある)

少し離れて立っているのがフィラデルフィア支局SWAT

これは別に仲が良い悪いといった話ではなく、完全に別々の部隊のため、『求められる役割も練度も違う』ということなのです。

HRTによる戦術指導がSWATにも有益なのは間違いないでしょうが、SWATにHRTの訓練をさせ、HRT の質を求めるなら、そもそもSWATは不要になってしまいます。


あえて言えば大企業の地方支社の社員と、本部から来たエリートみたいな関係性といったところでしょうか……
アメリカは広いのでSWATの中にも、HRTを見たこともなければ、あまり詳しく知らないという方もいらっしゃいます。


SWAT以外の関わりとしては、軍の特殊部隊や国外のLE特殊部隊とも訓練していたり、国内のLE特殊部隊に頼まれて指導をすることもあります。

ヨーロッパ各国の共同訓練にも参加した


メディアへの露出

SWATは、FBIを知ってもらうための活動にも力を入れていますが、HRTは広報活動はほとんどしておらず、こうした点も求められる業務の棲み分けと言えるでしょう。

市民アカデミーでの訓練展示等もなく、様々なことが謎に包まれています。

2021年、珍しくティーン アカデミーに登場した

そのせいか、メディアでは度々SWATとHRTの画像が混同され、間違われているのを目にします。

皆さんもFBIの特殊部隊の出動画像を見つけた際は、部隊章等に注目して、どちらなのかぜひ見分けてみて下さい!

最後に

ここまで2パートに分けて、FBIが保有する2つの特殊部隊を解説してきました。それぞれに役割や装備の違い、そして魅力があります。

この解説記事では、彼らを知ってほしい気持ちが一番ですが、そのうえでFBIコレクターの筆者としては、興味を持って頂き、一緒に楽しめるコレクター仲間を増やしたいという気持ちも大きいです。(人数が多いほど撮影会での迫力は増しますからね)

日本のLE装備界隈の中では、比較的コレクター人数の多いFBIですが、まだまだ発展途上です。

FBIの特殊部隊に興味がある方は、今後の記事にもぜひご注目下さい!
それでは、長々とご覧頂きありがとうございました。


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