人間がテクノロジーに支配された日

(全文公開の投げ銭記事です。「同情するなら金をくれ」案件ともいう)
(尾籠な話なのでお食事中の方はご注意ください)

昨日は義理の姉の結婚式でした。五年越しの交際を実らせたお姉さんはとても幸せそうで、自分たちの挙式を終えた今だからこそ見えてくる苦労や気配りもあり、感動もひとしお。挙式披露宴のあとは、両家親族との打ち上げに参加しました。「披露宴がイタリアンのフルコースだったから、夜はさっぱり和食で」というお姉さんのお店選びが功を奏し、和やかな雰囲気で進行しておひらきに。新郎とそのご両親とサヨナラしたあと、お姉さんとお舅さんお姑さんが泊まるホテルまでお送りしました。

ホテルのロビーに到着したくらいから、わたしは腹部に鈍い鈍痛を感じていました。祝宴に気をよくして昼から微量ながら飲酒し、夜の打ち上げも普段なら温かいお茶などにシフトするべきだった腹具合なのに、冷たい飲み物をジョッキで煽っていたことが明らかにまずかったのでしょう。胃腸虚弱歴イコール年齢の豊富な経験からすぐに原因がわかったものの、それは2時間前に気づくべきことです。宴会中の調子こいてる自分をどつきたくなりながら、しかし始まってしまった腹痛は収まらず、お姉さんとご両親、それから夫に詫びてから、お手洗いに駆け込みました。

案の定というべきか、トイレに駆け込んですぐ取り掛かったアウトプットはミディアムレアな塩梅。ひとしきり落ち着いたところで腹痛の波も引き潮となり、ほっと一息つき、ウォシュレットのスイッチを入れました。

それがすべての始まりでした。

ウォシュレットの機種は若干古く、左から「止」、「おしり」、「やわらか」、「ビデ」、「温風」とメイン機能が割り当てられたプラスチックの大きなボタンが、壁に取り付けられたリモコンに並んでいました。数十秒程度でしょうか、先ほどまでがんばってくれていた場所に温水を浴びせ、すっきりしたところで「止」ボタンを押しました。かちっと音がなるほど押しました。もう一度押しました。おや?接触が悪いのかな、とさらにもう3~5回は押しました。

それでも水は止まりません。

腹痛から解放された安堵から一転、別のピンチがやってきました。一難去ってまた一難。プリキュアか。

勢いよく吹き出し続ける温水は近年のウォシュレットにはない力強さで、尻で受け止め続けられる水量の限界が早々に来てしまうことは想像に難くありませんでした。そこで水勢を一番弱く設定しようとリモコンのふたを開け、強弱の調整ボタンの「-(マイナス)」を連打しましたが、まったく水圧は弱まる気配を見せません。このまま水がホールインワンし続けたら当然逆流が起こり、大惨事は免れない。青ざめながらなんとか手が届くところにあった鞄からiPhoneを取り出し、LINEで夫に助けを求めるも一向に既読はつきません。当たり前です、私が待たせている間、ご両親と姉と歓談しているわけなのですから。そもそも、無我夢中で連絡しましたが、仮に来てくれたとして何をどう助けてもらったらいいのかわかりません。

このままでは(社会的に)死ぬ。悲惨な結末をいくつも思い描きながら、自棄になってリモコンのボタンを闇雲に押したところ、すっと水が止まりました。

そして、先ほどまで当たっていたところよりやや前方に水が放出され始めました。

ビデは生きている。

リモコンが完全に機能を停止したわけではないということに一筋の光を見いだし、期待を込めて「止」ボタンを再度押してみるも、やはりうんともすんとも言いません。それに男性なら「ビデ」の部分はふさがっていますが、こちとら別の入り口がございますのでずっと「ビデ」のままにしているわけにもいきません。とにかく水を止めたい。機能の切り替え時にいったん水が止まりますがそれも3秒が関の山で、この隙に立ち上がって便器のふたをしめ悪しき水を封印してしまおうという作戦はかなり「フラグ」が立っていました。というか顔に吹きかけられてジエンドです。

つかの間の休息を求めて繰り返し「おしり」→「ビデ」→「おしり」→「ビデ」(時折「やわらか」)コマンドを打ち込むも、だんだんシャワーの切り替えが行われなくなってきました。機械がめんどくさがりはじめた。テクノロジーの叛逆です。せいぜい時間にして10分に満たない機械との戦いが永遠にも感じられ、便器に拘束された人間は無力感にさいなまれ頭を抱えました。気持ちの上では完全に敗北しています。両親や姉、夫を待たせ続けるわけにはいかないから、もういっそ立ってしまおうか。そうあきらめかけたものの、水が大散乱してホテルに大迷惑をかけるのはもちろんのこと、自分がいま身につけているのは一張羅のパーティードレスです。私のためだけに吹き上がる大噴水が悲しい結末しか連れてこないことは火を見るより明らかでした、水だけど。

あきらめてこの座席を立ったあとのことを想像し、どんなに悪い結末になったとしても「おちこんだりもしたけれど、私はげんきです。」と言える自分でいよう、と半ばあきらめながらも、いよいよヤケクソでリモコンを連打したところ、温水に混じって不思議な感触が尻を包みました。しめったお尻にそよぐ風。これは、

温風か!

温水と温風の夢のコラボレーションがお尻を包み込んだのです。普通同時に起動しないと思うのですが、この人間拘束ウォシュレットに常識は通用しません。中学生のころ、はじめて興味本位で使った温風機能はあまり心地よいものではなかったし、そもそもこの程度の風でお尻は乾燥しないから機能として意味がないのではと感じていたのですが、このときばかりはその風音が福音に聞こえました。尻はちょっと寒かったけれど。

さらにもう一押し、と思い「温風」を押したところ、完全に温風に切り替わり、長らくわたしの体に水を注ぎ続けたシャワーは格納されました。長い冬の時代が終わり、春が来た心持ちがしました。雪解けです。念のため「止」ボタンを押してみましたがやはり無効だったので、温風を止めることはあきらめ、しかし万が一さらなる暴走が起こったとしても被害者が出ないよう、そっと便器のふたを閉じてその場を後にしました。テクノロジー側が非常に強かったものの、ぎりぎりのところで人間が勝つ、という非常にハリウッド映画的な結末を迎えたのでした。

人間はさまざまな技術革新により便利な暮らしを享受しているものの、テクノロジーが一人歩きし、人間のほうが支配されてしまうのだなということを身をもって思い知りました。とか無理矢理まじめそうにまとめましたが、本気で焦った。ご両親にはさすがに伝えませんでしたが夫にはLINEの履歴とあらましを伝えたところ「これは書かないとだめだよ」と指さして爆笑されながら応援されたのでこんなものを書いた次第です。結婚コラムのイメージは完全に崩れたな…。

ちなみに、ホテルの人には事の顛末の一部のみ伝え、ウォシュレットが温風をはき出し続けているが後は頼む、と言い残してその場を去りました。立つ鳥跡を濁さず。おあとがよろしいようで。

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