Next Chapter【後編】

「宮藤、来てくれたんだね!」

「宮藤さん!」

上空から自分たちの前に降りたウィッチの名を二人は呼ぶ。
どちらの声色にも嬉しさが込められているが、ハルトマンの方が強かった。

「お久しぶりですハルトマンさん、クリスちゃんも…ハルトマンさん、腕怪我してるじゃないですか!」

振り返って二人を見るなり宮藤はすぐに真っ赤に染まるハルトマンの片腕に気付き、狼狽した。
しかしそんな彼女の反応とは裏腹にハルトマンはあっさりとした調子。

「あ、これ?ちょっとうっかりね」

「すぐ治します」

宮藤は両手をハルトマンの腕に伸ばすとそこから青い光を発生させる。
彼女の固有魔法である治癒の力でハルトマンの傷を治すつもりだ。
ハルトマンはもちろんクリスもその能力は知っていたから異論や疑問は挟まなかった。
だがネウロイは違った。

今度こそ完全に消し去ろうと宮藤をも標的に定めて一斉射撃を行う。

「いけない!」

治癒魔法を使ってネウロイに背中を向ける宮藤を守るためにクリスは彼女の背中に回ってシールドを張ろうとする。
ところが移動する前にハルトマンからかけられたのは思いがけない一言であった。

「大丈夫だよ。動かなくても」

ーどういうことなのか
クリスが聞き返そうとするが、それを口に出すよりも先にハルトマンの言葉を裏付ける光景が目に映った。
宮藤は攻撃を一瞥して掌だけを向けると、シールドを展開しネウロイのビームを防いだ。

立て続けに複数のネウロイからビームが飛んできているというのに、宮藤は顔色一つ変えずにハルトマンの治療を行いながら防御をしている。

「ね?言ったでしょ?」

驚いて言葉を失うクリスにハルトマンが言った。

「ありがとう宮藤。もう平気だよ」

「でもあくまでも応急処置程度のものです。まだ痛みはあるかもしれません」

「これくらいなら痛いうちに入らないよ」

「無理はしないでくださいね」

「それ宮藤に言われるとは思わなかったな。でもわかった。気をつけるよ」

ハルトマンがそう言ったのと同時にネウロイのビームが止んだ。
散らばって動いているのを見るに一方向のみからではなく、多方面からの攻撃によって潰そうという魂胆なのだろう。

「さあて気を取り直してっと、行くよ、二人とも。クリスはさっきと同じように私についてきて、宮藤は一人でも大丈夫だよね。二手に分かれて一気に叩くよ」

「わかりました」

「は、はい!」

相手方の意図と動きに気付いたハルトマンの指示に宮藤とクリスは頷くと、二組に分かれてネウロイに接近する。

宮藤は数多のビームをかわしつつ小型ネウロイを正確な射撃で複数撃ち落とす。
小型を落とす傍ら両側から大型ネウロイが二体自分を挟撃しようとしているのが見えた彼女は小型の相手をするのを一時放棄し、上空へと浮上する。
そんな彼女に二体のネウロイは同時にビームを撃つも、宮藤は左右にシールドを展開してビームを受け止める。
ビームの照射を継続するネウロイだがシールドは一向に敗れる気配すら見せない。

二つのビームを防ぎつつ宮藤は左右のネウロイを交互に見た。
そして出力の弱いネウロイの方から受けているシールドを送り出して、自身はもう片方のネウロイにシールドを両手で押し付けるような姿勢で突っ込んでいく。

シールドを使っての体当たり。
一見誰が見ても無謀な攻撃だが宮藤程のシールドの持ち主であればどうということはない。
現にネウロイは宮藤の突撃によって発射部に爆発が起こり、その勢いのままに内部に進んだことによりコアを砕かれた。

黒煙と白い破片の中からかすり傷一つない宮藤が舞い上がると、先ほどシールドを突撃された方のネウロイに射撃を行う。
こちらも同様に発射部を潰されており、そこに銃撃が加えられたことにより内部に隠されていたコアが露出する。
しかしネウロイにとどめを刺したのは宮藤ではなかった。
別の小型ネウロイの群れを撃墜していたハルトマンがその横をすれ違い様にコアを撃ち抜いた。

「相変わらず宮藤はやることが派手だなぁ」

クリスを伴う彼女は優先的に小型ネウロイの数を減らしていく。
クリスも彼女に数や頻度は劣るものの、姉譲りの固有魔法で扱える二丁のMG42で小型を堅実に仕留める。

「私の隣に来て!」

小型ネウロイが自分たちの周囲に集まり出したのを見てハルトマンはクリスに告げる。
言われるがままにクリスはハルトマンの真横に付くとハルトマンはその手を掴んで、突然停止する。
小型ネウロイたちはそんな彼女たちを円を組んで取り囲んだ。

「ハルトマンさん、何を!?」

わざわざ自ら窮地を作るハルトマンの狙いがわからずクリスは困惑した。

「私を信じて。この程度なら問題ないから」

周囲の小型ネウロイたちは一斉にビームを放つ。
ハルトマンはクリスの手から自分の手を離すと固有魔法を発動させる。

「いっくよーシュトルム!」

ハルトマンを中心に生じた風が目で追い切れない程の速さで、二人を包み込むように広がる。
ビームは風の防壁を突き破ることができずに撃った側へとまとめて返却され、ネウロイたちは共倒れを起こす。

「こんなことができるなんて…これが歴戦のウィッチの力…」

宮藤にしてもハルトマンにしても、そこいらのウィッチでは到底実現不可能な戦法でネウロイを圧倒している。
クリスにはもう驚くことしかなかった。

「ぼうっとしちゃダメ。まだ敵は残ってるよ」

「あ、は、はい!」

クリスは気を引き締め直して次の敵に視線を移した。

「いっけええええええええ!!!!」

宮藤が大型ネウロイのビームを受け止めたシールドの外側に相手のエネルギーを残したまま、投げ付けた。
外側に赤色の光を帯びた青のシールドは新たに発射されようとしていたビームごと大型ネウロイ、その体とコアを焼き切る。
絶命させた大型ネウロイを尻目に次の大型ネウロイの元に進んでいき、その片手間に攻撃を仕掛けてくる小型ネウロイのビームを回避して弾をお返しする。
大型ネウロイの発射部から赤い光が発光すると宮藤は間近に接近、発射されたばかりのビームをシールドで防御。
先のようにシールドを押し出して、発射部付近を破壊して間合いを空けて移動。
次の部位に射撃をお見舞いする。

「宮藤!シールドこっちにちょうだい!縦にね!」

「はい!いきますよ!」

遠方から届いたハルトマンの指示。
宮藤は大型への射撃を中止して彼女のいる位置を把握すると、その方角へと垂直にしたシールドを投げる。

「クリス!宮藤のシールドに背中を預けて移動しながら正面の敵に攻撃!」

「右と左、どっちにしますか!」

「左お願い!」

「了解です!」

大きなシールドに背を向けてハルトマンとクリスはシールドの動きに合わせて移動しながら、正面にいる小型ネウロイを次々に撃破する。
後ろから狙う小型ネウロイも数多くいたが、それらのビームは一つの例外なくシールドを貫通できない。

「次はー」

「後ろのネウロイですね!」

「正解、私が合図したらシールドの外に出るよ」

「わかりました。いつでも大丈夫です」

驚いてばかりの時間は終わったようだ。
自分の考えを伝える前に読んでいたクリスを心の中で誉めたハルトマンはビームのタイミングを見計らって合図を出す。

「今だよ!」

合図と同時に二人は互いに交差する形でシールドの加護から抜けて、身体を背後に向けて小型ネウロイの集団に射撃。
後ろからビームを撃っていた全ての個体を撃ち落とす。

「これで後は…」

「あの大型ネウロイ一体だけです!あれは…私たちが最初に遭遇したネウロイ?」

残る大型ネウロイ。形状からしてそれは奇しくもハルトマンとクリスが最初に相対した個体であり、今は宮藤が相手を務めていた。
相手の発射したビームにシールドを押し出して発射部を破壊する戦法と銃器による射撃でネウロイに損傷を与えているが、まだコアの光は見当たらない。

ハルトマンとクリスは宮藤の加勢に入り、ネウロイのコアがあった場所に狙いを集中して弾を撃ちまくる。
三人による攻撃を浴びてもネウロイはコアを見せることはなく、残存している発射部から凄まじい勢いと威力でビームを撃ってくる。

「さっきとまるで違う!ビームの勢いも、装甲の硬さも!」

「私たちを誘き寄せるために手を抜いてたってことか。でも、この三人なら全然平気。宮藤、クリスと一緒にネウロイに突っ込んで。ネウロイの気をひくのは私がやる」

「わかりました。クリスちゃん、私の後ろから付いてきて。私がシールドでネウロイのビームを防ぎながら接近するからクリスちゃんがコアを破壊するの」

「私がですか!?」

まさかの大役を任命されて戸惑うクリス。
しかし少しの間、考えた後覚悟を決める。

「わかりました…必ず、成功します。させてみせます!」

力強い返事にハルトマンも宮藤も頷き、三人はそれぞれ自分のやるべきことに動き出す。

「いくよクリスちゃん。準備はいい?」

「問題ありません。お願いします」

宮藤が迫り来るビームに対して強大なシールドを展開しながらネウロイのコアとされる、ハルトマンとクリスが攻撃を集中させていた部分へと前進していき、クリスは彼女の真後ろに続く。
そしてハルトマンは銃撃を与えながらネウロイの周りを飛び回って、注意を惹きつける。

ネウロイのビームはより勢いを増し、宮藤をシールドごと消そうとしているが宮藤とクリスの接近を阻むことはできなかった。
ビームを物ともせずネウロイの装甲に接触したシールドは、ドリルで土を削っていくようにネウロイの装甲を破壊して進んでいく。

「今だよクリスちゃん!」

「っ!おりゃあああああ!!」

クリスはネウロイの内側の装甲めがけてひたすら弾を撃ち込む。
彼女の弾はネウロイの装甲を内側から削り、その一つが装甲に覆われていたコアを撃ち抜いた。
コアを破壊されたネウロイは悲鳴にも似た音を上げると、黒い装甲を白へと変えて形が崩れていく。

「やった!」

喜びに震えるクリス。しかしその表情はすぐに緊迫感で埋め尽くされた。
まだ機能が完全には死んでいないのか黒い装甲の一部が赤い光を帯びて、クリスに照準を合わせていた。

ーすぐにシールドを張らないと

それを見た時頭に考えが浮かんだ。
だが頭ではそうしなければとわかっていても体が追いつかない。
ネウロイの最後の悪足掻きとも言えるビームが放たれる発射部…それは真上から降ってきた風に貫かれた。
シュトルムを使ったハルトマンだ。

(ハルトマンさん…)

完全にネウロイが白い破片となって散りゆくのを見届けるハルトマン。
彼女はクリスの方に目を向けるとウィンクをしていつもと変わらない、クリスの大好きな笑顔を浮かべる。
ハルトマンにつられてクリスの顔にも自然と笑みが生まれる。

「ネウロイはもういませんね。やりましたね。ハルトマンさん、クリスちゃん、二人ともお疲れ様です」

「宮藤こそ、来てくれてなかったら私たちダメだったよ」

「間に合ってよかったです」

ネウロイのせいでお預けをくらっていた再会の喜びを分かち合う宮藤とハルトマン。
軽く言葉を交わしていた二人。しかしふと何気なくクリスを見た時彼女が一言も発さずに暗い表情をしているのに気付いた。

「クリスちゃん…?もしかして怪我とかしちゃった?だったら言って、今治すよ」

「いえ、体はどこも悪くありません…ただ……」

ただ、その後に続く言葉を言わずにクリスは再び閉口してしまった。
何か言いたいことがあるのだが、それとなく言いづらい。
そんな感じなのは宮藤は見てわかった。けれども細かいところまではわからない。

「不安になっちゃった?」

「え?」

その発言に宮藤はまずハルトマン、次にクリスと視線を行き来させる。
クリスはハルトマンの言葉を否定せず、ゆっくりと静かに頷いた。
どうやらハルトマンが正解だったようだ。

「今回宮藤さんが来てくれなかったら私のせいでハルトマンさんがやられて、自分もそうなっていました。今回だけの話だけじゃなくて私はいつもいつもハルトマンさんに助けてもらってばかりで自分一人でちゃんと戦えてないんです…お姉ちゃんにお姉ちゃんの分まで戦うなんて言っておきながらこんな様じゃ、お姉ちゃんやハルトマンさんに宮藤さんみたいに一人前のウィッチになんてなれるのかなって……そう思って」

これまでの戦いでも常々思っていた。そして今日の戦いで更に痛感させられてしまった。
ハルトマンに宮藤、クリスの姉と肩を並べて戦ったウィッチの活躍を目の当たりにしたことで、自分が姉の分まで戦うなどと豪語したことがどれだけ烏滸がましいか。
多くのネウロイの巣を破壊し、人類に希望をもたらした姉たちと自分との間には大きな壁のような物があると。

「まだ慌てることなんてないよ。クリスちゃんはクリスちゃんのペースで強くなっていけばいいんだよ」

落ち込むクリスが声に反応して伏せていた顔を上げると宮藤がすぐ目の前まで来ていた。

「ネウロイはクリスちゃんの成長を待ってくれないかもしれないけど、私たちはいつだって待ってるから。クリスちゃんが強くなって、一緒に戦えない人たちや皆を守れる日が来るのを。だからそれまでは私たちに甘えてくれたって全然いいんだよ」

「宮藤さん…」

「そうそう。それにさ、あんまり早くクリスが成長して凄い活躍をしちゃっても私が困るんだ。クリスがここまで頑張ってるんだから上官で年上の私はその倍くらいもっとできるはずだろう、ってトゥルーデに言われちゃうよ」

「ハルトマンさん…」

宮藤とハルトマン。二人の先輩ウィッチは微笑みながらクリスに言う。

「私…なります。絶対にお二人のように誰かを守れるくらい強く。お姉ちゃんみたいに優しくてカッコいいウィッチに!」

力強く言い切るクリス。
彼女の決意を聞いた宮藤とハルトマンはお互いに顔を見合わせて、小さく笑う。

「さあ〜って、と。そろそろ基地に帰ろうか。帰りが遅くて皆も心配してるだろうしね」

カールスラント領内の基地。
夕陽の日差しが窓から入り込む食堂の机を使ってハルトマンは紙にペンを走らせていた。
食堂のドアをノックする音が彼女の鼓膜を刺激する。
ペンを持つ手の動きを止めてドアの方を見ると、ドアを開き一人の軍人が入室してきた。

ゲルトルート・バルクホルン。ハルトマンの同僚にしてクリスの姉、そしてかつてウィッチであった少女だ。

「今日の戦闘の報告書を書いてるのか?」

「うん、ミーナからは明日でもいいって言われたんだけどね。早くパパってやっちゃった方がいいでしょ」

バルクホルンに返事を返してハルトマンは報告書と向き直る。
彼女の気を散らさないようにバルクホルンは少し距離を置いてその横顔を見つめる。

「クリスにはもう会ったの?」

「ああ、さっきな。自分のミスのせいでハルトマンさんを失うところだったと言われて反省点と改善点を伝えてきたところだ」

「それ言っちゃったんだ。私みたいにシラをキリ通せばよかったのに」

「私の妹だぞ?そんなことができるわけがないだろう」

「本当そっくりだよ。似なくてもいいところまでさ」

本当によく似た姉妹だ。どちらも自分に厳しく、嘘や不正を嫌う。
だからこそ自分に不利益な、不都合な事実があっても隠そうとせずに堂々と反省して次に活かそうとする向上心に繋げる。
きっとさっきまで行われていた反省会だって荒れることなくスムーズに最初から最後まで終わったことだろう。
そういう意味では徹底的に自分と対極な位置にいる二人だとハルトマンは改めて思う。

「宮藤が助けてくれたそうだがよくお前たちの戦っていた場所まで来れたな。ネウロイの通信障害の影響で連絡も取れなければ正確な位置もわからなかったろうに」

「それね。私も気になってこっちに帰る時に宮藤に聞いてみたんだ。そしたらサーにゃんと一緒に来てたんだって」

「サーニャと?」

思いがけない人物の名にバルクホルンが思わず反復する。

「二人ともミーナがこっちに来るように頼んでて飛行機で向かってたところだったんだって。宮藤はこの前の作戦で怪我した人たちの治療とカールスラントで有名なお医者さんの話を聞くためで、サーにゃんはミーナがコンサートのゲストとして呼んでたみたい」

なるほど、サーニャが近くにいたというなら納得だ。
ナイトウィッチとして優秀な彼女は魔導針で遠く離れたネウロイの反応を把握できる。
おそらくネウロイの反応を探知したとサーニャから聞いた宮藤は飛行機の護衛のためにサーニャを残して、自分がハルトマンたちの元に駆けつけるように動いたのだろう。

「コンサート…そういえば前にミーナが言っていたな。今度近くの劇場で開催されるコンサートで歌を歌うことになったから来ないかと。懐かしい人に会えるかも、とか言ってたような。サーニャのことだったのか?」

「あっ、もしかしてミーナ、サーにゃんのことサプライズでトゥルーデに隠すつもりだった?」

「かもしれないな」

あっちゃ〜とハルトマンは声を漏らす。
あまり細かいことは気にしないと他者から思われがちな彼女だが全部が全部そうという限りではない。
少なくとも仲間が隠しておきたいというのならそうする、というのができる気遣いくらいはあるのだ。

「そうそう、宮藤といえばさ」

「なんだ急に」

「いや、ね。宮藤が上手く戦えなかったって落ち込んでたクリスに言ったんだよ。ネウロイは成長を待ってくれなくても私たちは待ってるから焦らなくていいよ、って」

「……あいつも言うようになったものだな」

バルクホルンは一回目を閉じて、どこか感慨深そうに呟く。
宮藤が新人ウィッチとしてブリタニアの前線にやって来た時、訓練すらも満足にこなせずに息を切らした彼女にバルクホルンは言った。

『ネウロイはお前の成長を待ちはしない』と

宮藤がクリスにかけた言葉はその時の言葉に似ているようで、自分とは違って棘のない優しさが込められている。
現在はともかく、その時の自分には言えなかった言葉だ。

「傷は大丈夫なのか?」

「傷?」

「ネウロイの攻撃で肩を負傷したとクリスが言っていたが」

「宮藤に治してもらったからもう痛くもないし平気だよ」

バルクホルンはハルトマンの所作に注目して彼女が文章を書くのを見守る。
手の動きが震えたり、止まったり、顔を顰める瞬間がないのを見るに嘘ではなく本当に怪我の心配はなさそうだ。
最も『宮藤に治してもらった』と聞いた瞬間からほとんど完治しているであろうことはわかりきっていたのだが。宮藤の性格と治癒魔法には高い評価と強い信用を置いている。
だが念のために確認はしておくべきだ。
ハルトマンは嘘や誤魔化しが得意なのをよく知っているから。

「ふぅ、終わった終わった。くぅ〜!」

報告書を書き終えたハルトマンがペンを置いて両手を頭上に上げて背筋を伸ばす。
もうすっかり夕陽は水平線の向こうに沈みつつあって茜色の光が机とそこにある報告書、そして二人に当たっていた。

「あの時もこんな色の空だったな」

「どの時?」

「お前が真面目になると私に言った時だ」

「…そうだったっけ?あんまり覚えてないや」

「クリスにウィッチとして戦うと言われて猛反対した私がしばらく口を聞かない時期があっただろう。その時お前に話があると呼び出されて二人きりになった部屋で言ったんだぞ。『トゥルーデの分まで私がしっかりするからクリスのことは心配するな』と」

そう言った途端ハルトマンがバルクホルンに向けていた視線を横にそらす。
やはり覚えている。でなければ今みたいに直視できない程の気恥ずかしさを感じたりはしていない。

「私は正直不安だった。お前の実力の高さはよく知っていてもクリスを前線で戦わせることには反対する気持ちの方が強かった。もしクリスに何かあったら、未熟なクリスのせいでお前に何かあったらと思えば思う程不安は強くなっていた…だが今はこれで良かったと思っている。クリスがウィッチとして軍に入隊してからお前は上官として正しくあろうと心がけて、今では多くの部下に慕われている。そうなってくれたことが私は嬉しいんだ」

自分にしっかりすると宣言してからハルトマンは変わった。
自分が起こしに行く必要もなく軍人として規則正しい時間に起床し訓練に励み、部下を持つようになってからは一人一人の行動日時や体調管理の把握。
まだまだ挙げればたくさんあるが、とにかく501にいた頃の彼女とは想像できないような、バルクホルンが望んでいた軍人としてかくあるべきという姿がそこにはあった。

「ハルトマン、私はお前に会えてー」

ズビーー!!!

緊張感の欠けた音。それがバルクホルンの声に覆い被さるように響いた。
言いかけた言葉が出せなくなり、口を開けっぱなしにしたままのバルクホルン。
彼女の視線の先にはハルトマンが鼻をかんだティッシュに新しいティッシュを二枚被せて丸めていた。

「ひ、人が大事な話をしている時に鼻をかむな!!」

「しょうがないじゃん。かみたくなっちゃったんだから」

生理現象なのだから仕方ないと言わればそれまでだが恥ずかしくなってつい、声を大きくして文句を言ってしまうバルクホルンに対してハルトマンは落ち着いた様子。
席を立って報告書を手に取ると廊下に通ずるドアに歩き出す。

「こら!どこへ行くつもりだ!」

「自分の部屋。今日はもうへとへとだから早めに休んじゃおっかなって。じゃあね、おやすみ〜」

「待て、自分の使ったティッシュくらい自分で片付けんか!聞いているのかハルトマン!」

バルクホルンが制止を求めるがその声は届かず、というより聞く気がないのかハルトマンは食堂から出て行ってしまう。
バルクホルンは大きく息を吐く。

「見直したと思えば…結局根っこの部分は変わらずかあいつは」

小さくぶつぶつと愚痴を溢しながらもバルクホルンはハルトマンの残したティッシュに手を伸ばす。
使用された用途が用途だけにがっしり掴むと自分の手がおぞましい被害をくらう。なんとか隅の方を持ってゴミ箱に捨てようとする。
しかし隅の部分を持つ寸前、バルクホルンは気付いた。

ハルトマンは鼻をかんだティッシュの上に新しいティッシュを被せて丸めていた。
部屋がゴミ屋敷状態だったのが当たり前な自分のよく知る彼女ならば、使った後のティッシュをそのままにしていた。
それで床に散乱していた使用済みのティッシュをうっかり掴んでしまって自分の手が汚れた経験は一度や二度のことではない。
そしてバルクホルンが気付いたのはもう一点。ハルトマンは『新しいティッシュを二枚』被せていた。
わざわざ二枚使うことなんてこれが初めてだ。

「あいつめ…」

微笑みを浮かべてバルクホルンはティッシュをゴミ箱に捨てて、窓から外を見る。
夕焼けの空と白い雲、端が存在しない広い世界から訓練や任務を終えたウィッチたちが何人も帰還して陸地に降下している。
その光景に目を奪われるバルクホルンの手は自身の服の内側にある胸ポケットに伸び、そこから一つのチョコレートを取り出した。

本来ならあげる予定だった物。
その紙の包装を破いてバルクホルンはチョコレートを齧る。

今日のチョコレートはいつもよりも苦く感じた。


「あ、ハルトマン大尉。お疲れ様です。今日の哨戒任務の報告書なんですけどー」

「私の机の上に置いといてくれたんでしょ。さっき確認しておいたよ。ありがとね」

「はい。ありがとうございます」

「ロアン、倉庫にストライカーの新しい部品が届いてるから明日にでも見ておいて。問題なかったら後は自由に使っていいから」

「自由に使っていいんですか?ありがとうございますハルトマン大尉」

「うん、ロアンが使った方がいいもん。だけどあんまり変な使い方はしないでね?怒られるの許可出した私になっちゃう」

「はーい!気をつけまーす!」

廊下を通りすがる部下や新米のウィッチにすれ違う度に軽く声をかけつつ自室へと戻るハルトマン。

「あっ、そうだそうだ。忘れてた」

服の内側のポケットに手を入れてハルトマンはチョコレートを取り出す。
床下に残骸が散らばらないように丁寧に包装を破いてチョコレートを一口含む。

「はむっ…う〜ん!美味しー」

今日のチョコレートの味もこれまでと変わらない。
明日も明後日も、何年という時間が経ってもきっと美味しいと感じるだろう。
















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