私のある日の日常

講義が終わってハルトマンと待ち合わせをしている図書室に向かう。
しかしそこに私の待ち合わせ相手はおらず、代わりによく見知った別の相手がいた。
周りを見渡してみても私の求める相手の姿は髪の毛先すらもなく、私は途方に暮れた。

(あいつめ…今度はどこに消えた。トイレか?)

念の為鞄から出した携帯の連絡アプリの履歴を見て確認してみるがやはり相手からの通知は入っていなかった。
私が送った『終わったぞ。今からそっちに向かう』という相手から未読扱いにされたままのメッセージが最後のやり取りになっている。

私は大きく溜息を吐く。こういったことは今に始まったことではないとはいえ、やはりやられる度に釈然としないものがある。
来ないなら来ない、何か予定が入ったなら入ったで一言連絡を入れてくれればいい話なのにあいつは一向に直そうとしない。
私になら多少の無礼は許されるだろうとでも思っているのか。

相手からの連絡を諦めて携帯を鞄に閉まった時、代わりに見知った相手が「おっ、来たな」と言って私に気付いて片手をあげた。
私は向かい合うように椅子に座って話かけた。

「ハルトマンを知らないか?ここで待ち合わせをしているんだがどこにも姿が見えなくてな」

私がそう言うと向こうからはすぐにこう返事が返ってきた。
『ハルトマンならさっきマルセイユと一緒にどっか言ったぞ』と。

「マルセイユだと…?何故他校のあいつがハルトマンに用があるんだ」

ハンナ・ユスティーナ・マルセイユ、私とハルトマンがこの大学に来る前に交流のあった女生徒。
何故かハルトマンに対抗意識を燃やしていて、よく何かにつけて勝負事を持ちかけていた。
今は他校の大学にいるため私は顔をあまり見ない相手、そんな奴が何故ハルトマンを連れていったのか。
私がそう疑問を放つと相手はこう答えた。
『どっちがよりスイーツ食べ放題で元を取れるか勝負をしに行った。ハルトマンは約束もしてなさそうだったし、乗り気じゃなさそうだった』と

「な、なんだそれは…私がハルトマンと今日の約束をしたのは昨日の夜だぞ。私の昨日の約束が他校のあいつのさっきの今の誘いに負けたというのか…!そもそもそれならそれで連絡の一つや二つあってしかるべきだろうが…!」

ここが図書室でなかったら私はもっと声を張り上げていただろう。それが自分でも冗談と言えないくらいには納得がいかなかった。
相手も相手で『災難だったなぁ』と笑いながら言ってくるのも私には納得がいかなかった。
私に同情しているのは本当だし、可哀想だと思っているのも本当だろう。
だが私のこの状況を面白おかしく思っているのも本当だ。

「それで、お前はここで何をしてるんだ?まさかわざわざハルトマンに代わって私に今の話を伝えるためにここに残っていたわけでもあるまい」

これ以上この話題を広げても私の傷が深くなるだけだ。
私は話題を切り替えて相手に質問を投げた。
すると相手は『講義のテストのレポートを書いている』と立ち上げているパソコンのキーボードを入力しながら答えた。

相手とハルトマンは仲が良いが、私の知る限り二人きりで行動する機会はあまりない方だ。
なのに何故今回に限って私が来る前のハルトマンの詳細を把握しているのかと気になって聞いてみたら、そういうことか。
それならば納得だ。
たまたまレポートを書いていたところにハルトマンと居合わせ私が来るまでの間二人きりでいたら、何故か乗り込みに来たマルセイユにハルトマンが拉致された。
大方そんな経緯だろう。

「提出期限はいつまでなんだ。お前のことだ。どうせまたギリギリなんだろう?」

冗談と本音を混ぜて(本音の割合の方が大きい気もするが)私は訊ねてみた。
そうすればなんということだ。

「明後日だとぉ!!?」

私の予想もしなかった答えが返ってきたではないか。いや、完全に予想していなかった訳でもないが、さすがにいくらなんでもそこまで…と考えていた部分もあった。
驚いて口を空ける私に相手は『大丈夫だって』などと楽観的な笑みを見せた。とても当事者とは思えない態度だ。

「今17時だぞ。今日はもうほとんど終わっているようなものなんだぞ。何文字なんだ?指定されてる字数は何文字なんだ?」

何故か当事者よりも私が焦っていた。
そんな私の追及にも相手は態度を変えることなく『6000字だけど今日明日もあるんだし何とかなる』とこれまた真剣味に欠ける様子だった。
私はさっきとはまた違った理由で頭を抱えたくなった。
『どうしてもっと早くからやっておかなかったんだ』『そんな悠長に構えている場合か』などといった言葉が口から溢れ出しそうになった。
だが私は飲み込んだ。私が言ったところで今更どうにもならないし、言ったとしても今後改善される見込みははっきり言って薄い。
だから飲み込んだ。だいぶ自分に無理矢理納得させるような気持ちにはなったが

そんな私の苦悩など露知らず、相手は何食わぬ顔でレポートを進めながら聞いてきた。
『それより今度の日曜日空いてるか?』と。

「…空いてはいるが、何故私にそんなことを聞く?」

そう返答しながら私は相手の質問の意図を頭の中で探る。
あちらから私の予定の日程を聞いてくるなどこれまで滅多にないからだ。
すると相手から返ってきたのは『もうすぐ妹の誕生日だろ?誕生日プレゼントを買いたいから付き合ってくれ』
とこれまた予想外な答えだった。

「確かにクリスの誕生日は来週だが、何故お前が?」

私の妹クリスの誕生日をお祝いしてくれるという心意気は素直に嬉しい。だがそれはそれとして引っかかることもある。
目の前のこいつとクリスとは接点がない。クリスの前でこいつの、こいつの前でクリスの話をしたような記憶はあれども直接二人が対面したことは一度としてないはずだ。
だというのに何故わざわざそんなことを言い出したのか。私はひどくそれが気になって仕方がなかった。
私が質問を再度重ねると相手はパソコンに文章を打ち込みながら理由を話した。
『せっかくだからお前の服も買ってあげようかなってさ。ほら、この前できたあそこのショッピングモール。あそこにある服屋で何か買ってやるよ。どうせ妹のことばかりで自分の服なんて後回しだろ?』
そんな理由だった。

「余計なお世話だ。お前にそんなことをしてもらう義理はない。気持ちだけありがたく受け取っておくとしよう」

私は躊躇わずそう返答した。確かに言ってることは事実だし、間違ってもないが『じゃあお願いします』などとは口が裂けても言えない。

「第一お前とあそこのショッピングモールに行くということはそこまではお前の車で行くということだろう?勘弁してくれ」

相手の運転する車には私も以前にも乗ったことがある。
とてもではないが心地良い運転であったとは言えず、助手席で何度も注意をしたぐらいだ。
あんな運転を続けておいてよく一度も事故を起こさず減点もされずにいられるものだと、ある意味で運転技術の高さに感心する。

『あーあ、宮藤も来るんだけどなぁ』

「何?」

私が過去のことを振り返っていると相手の口から思いがけない人物の名前が飛び出した。
宮藤芳佳、私よりもいくらか年下だが非常に思いやりのある優しい人となりで個人的にも親しくしている少女だ。

「どういうことだ?」

何故ここで宮藤の名前が出てくるのかと私が詳細を求めて改めて訊ねる。
すると『クリスの誕生日プレゼントを買うついでに私の服も買いに行くから一緒にどうか、と言ってみたところ乗り気で同行することになったらしい』

「宮藤、宮藤が一緒なのか…」

宮藤も一緒となると話が変わってくる。最近宮藤とはあまり会えていないし、前から話もしたいと思っていた。
相手は『自分とは行く気にならないのに宮藤が一緒となるとそんなに態度が変わるのか』とからかい気味の表情をしてくる。
こいつめ。最初から宮藤の名前を出してこなかったのを踏まえるに私をからかって遊んでいるな。

相手に対して私は何か言い返したかったが何も言えなかった。
悔しいことに事実ではあったし、咄嗟に浮かんできた言い訳を並べたところで結局痛いしっぺ返しをくらうのが目に見えていた。

「悪かった。今度の日曜日私もその買い物に同行させてくれ」

観念して私は無駄な悪あがきをせずに頼み込んだ。
相手は『よし、それじゃあ決まりだな。出発の時間とかまた連絡するからな』と上機嫌だ。

「ただし、ちゃんとやることを片付けるんだ。お前の成績不振と引き換えにクリスの誕生日プレゼントを貰ったところで私もクリスも素直に喜べないからな」

私がそう釘を刺すと相手は『ほーい』といかにもやる気のなさそうな返事をする。
本当に大丈夫なのか、と心配になるがすぐにそれは杞憂だと私は判断した。
なんだかんだでこいつは上手くやる。
そういうところは信頼できる。

そう相手を見ながら思った私は椅子から立ち上がって図書室を離れる準備をする。
ハルトマンがいないのなら今日はもう構内に留まっている理由はないし、私が目の前にいたら相手もレポートに集中できないだろう。
鞄を肩にかけて立ち去る直前、最後に私は相手に言った。

「私はそろそろ失礼する。今週の日曜日、よろしく頼むぞシャーリー」

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