魔の螺旋 第2話
村から少し離れた平地に音が響く。
その発生源にいるのはゾラとメラフ。二人は木でできた剣で模擬戦を行っていた。
「よし、今日はこのくらいにしておくか」
模擬戦を終えてゾラとメラフは近くの草木の上に座って休む。
持参しているタオルでお互いに流した汗を拭く。
「しかし久しぶりだな。お前とこうやって剣の稽古するなんていつ以来だ?」
「それこの前も聞いたよ」
「何回言ってもいいだろ。お前だって別に悪い気はしねえだろ?」
「しないけどさ」
「ゾラー!メラフさーん!」
会話をしていると元気の良い声が聞こえてくる。
この前ゾラが果実を分け与えた二人の少年少女がバケットに入ったサンドイッチを手に駆け寄ってきた。
「俺の母ちゃんからこれ。二人に持ってってくれって」
「お、そいつはありがてえ。こんだけあるってことはお前たちの分もあるのか。一緒にここで食うか?」
「「うん!」」
「じゃあ、先に好きなの取れ」
少年少女に先にサンドイッチを取らせ、余った分をゾラとメラフは分け合って食べることになった。
四人は同じ場所で違う味のサンドイッチを食べながら話をする。
「なあ、ゾラ。母ちゃんから聞いたんだけどさ、ゾラはどっか行っちゃうのか?」
「うん。そうだよ」
「どうして?村が嫌になっちゃったの?」
「そうじゃないよ。知りたいことができたから。それを知るためには村を離れないといけないんだ」
「そうなんだ…」
寂しそうにする少年少女たち。
彼らの表情を見て胸が痛む思いになりながらもゾラはなるべく安心させられるように、笑顔を浮かべながら言う。
「でもやることが全部終わったら戻ってくるから」
「ほんと?」
「もちろん」
「まあ、戻ってきた時に一人とは限らねえかもしれないけどな」
「え?」
メラフの言葉にゾラを含めた三人が疑問の眼差しを送る。
メラフは視線が集中しているのを感じながら小気味良さそうな笑みを浮かべる。
「村の外で仲良くなった女の子と一緒だったりしてな」
「「そうなの?」
「ないよ!」
「ないなんてことねえだろ?可能性としては」
「そうだけどさあ…」
強く否定したゾラであったがそう言われては何も言えなくなる。
「はっはっは、可愛いやつだなお前は。とにかくなんだ、お前が決めたことなら満足するまでやりゃあいいさ。頑張ってこいよ」
「ありがとう」
「おう」
メラフはゾラに向けて握り拳を突き出す。
ゾラもまた握り拳を突き出し、メラフの拳に合わせる。
「あ、そうだ。ゾラ、さっきね、シルバルさんが言ってたよ。村に戻ったら会いに来て欲しいって」
「シルバルさんが?」
村全体を一望できる高台。
村に戻りシルバルの元に赴いたゾラは彼と共にこの場所に移動した。
「すまないな。慌ただしい中付き合わせてしまって。荷造りは済んでいるのか?」
「昨日の内にほとんど終わってるよ」
「そうか、ならばよかった」
軽いやり取りを済ませてからシルバルは本題に入った。
「お前をここに連れてきたのはあの話をしたくてな。村の中では他の者の耳に入ってしまう」
「俺の生まれのこと、だよね」
ゾラの返答にシルバルは頷く。
「わかっているとは思うがお前に流れている血は人間の世界にとっては極めて異質なものであり、恐怖と支配の象徴でもある。その血を知れば人は恐れや不安を抱き、お前に危険が及ぶ可能性が高い。故にお前の生まれのことはお前だけの秘密として胸の内に留めておくのだ」
「わかったよ。誰にも言わない」
シルバルの言い分に疑問も否定も挟む点はなくゾラは即座に受け入れる。
「村を出たらまずはテラストリアに行くといい。あそこには図書館があるし、人の行き交いも多い。お前の求める物は見つからなくてもそれに連なる何かは得られるだろう」
「大きなお屋敷があるとこだよね?あそこには結構前だけど行ったことがあるから行き方は何となくわかるよ」
「私からはこれで話は終わりだが、ネリスとは今日はもう会ったのか?」
「今日はまだ」
「ならば旅立つ前までには会って話をしておくといい。お互いに小さい頃からずっと一緒に過ごして今日まで育ってきた仲、言いたいことはたくさんあるだろう」
「うん、そうするよ。ありがとうシルバルさん」
自分たち二人を気遣ってくれるシルバルの善意に感謝するゾラ。
その返事に満足したようにシルバルは首を縦に振ると懐から出した小さな袋をゾラに差し出す。
「それとこれを持っていけ」
「これ、お金?」
反射的に出した掌の上に乗っかった重さとジャラリ、という音からゾラは中身を言い当てた。
「私からのささやかな餞別だ」
「いいよお金なんて。それもこんなに」
「こういう時くらいはいい格好させてくれ。年寄りが若者の前で格好つけられるのはもうこういう時しかないからな」
「なら…ご好意に甘えて頂きます。本当にありがとうシルバルさん」
貰ったお金を大事に持ってゾラは深々と頭を下げる。
そしてシルバルはそれを見て心地良さそうに笑っていた。
その日の夜。ゾラは夕食を済ませてからネリスの家に向かった。
扉の前に立ってゾラは数回ノックする。
「俺、ゾラだけど今ちょっといいかな?話がしたいんだ」
返事を待つゾラ。
すると扉が少しだけ開いて中からネリスが顔を出す。
「いいよ。私も話したいと思ってた。少しだけ準備するから待ってて」
ネリスの要求にゾラは応じ、再び出てきた彼女と一緒に村でよく遊び場に使われる広場に足を運ぶ。
「なんだか懐かしいね。ここでよく二人で遊んだよね」
「追いかけっことかね。後は、ボール遊びとかしたの覚えてるな」
「あったあった。ゾラが投げたボールがラットンさんの家の窓割っちゃってさ、あの時の怒られっぷりは凄かったな」
「うわっ、忘れてたのに思い出しちゃったよ。あの時のラットンさん今じゃ考えられないくらい怖くてさ、何をやってくれたんだ貴様ー!!って俺だけ怒鳴られて泣いたんだよね」
階段の段差に座りながら昔話で盛り上がる二人。
楽しい談笑の時間をそこそこに過ごして会話の流れが止まった瞬間、ネリスが話題を切り替えた。
「明日にはもう村出ちゃうんだよね?」
「うん、朝には出るつもり」
「やっぱりこの間のことがきっかけ?プリメル草を採りに行った時の」
「うん、知りたいことができたんだ。それがわかるまではたぶん村には帰って来れないと思う」
「そっか、じゃあ当分の間会えなくなるんだ」
夜空を見上げながらそう言うとネリスは立ち上がる。
「ごめんね、私もやらなきゃいけないことあるから家に帰るね。おやすみなさい」
「おやすみ。久しぶりに懐かしい話できて良かった」
お互いに手を振り合ってネリスは立ち去り、ゾラはまだ残って夜の村の景色を眺めていた。
翌朝、天気に恵まれて晴天となった日。
村の入口にはこれから旅立つゾラと彼を見送るために集まった村の住人たちがいた。
「わざわざ皆集まらなくてもいいのに」
村の住人たちの顔を一人一人見ながら嬉しさと申し訳なさを感じているゾラが言った。
「可愛い気のない奴だな。そこは素直にありがとうだけ言っておけばいいんだよ。それで喜ぶ単純な連中なんだからこの村の奴らは全員」
「よく言うわよ。この中じゃあんたが一番単純だろうに」
「あ!?おい、誰だ今言ったの!アンフィの婆さんか!え!?」
「そういうところが単純だって言われるんじゃないのかメラフ」
メラフを筆頭に楽しそうに燥ぐ村の住民たち。
ゾラは苦笑しつつも昔から変わらないよく知る人たちの仲睦まじいやり取りに温かい気持ちになる。
そうしているとシルバルが数歩前に進んでゾラの正面に立つ。
「何度も言うが気をつけて行くのだぞ。この村のことは気にしなくていいからお前の納得いくまで旅をして色んなところを見て回ってくるといい」
「うん」
「私からもいい?」
シルバルに続いて今度はネリスがゾラの前までやって来る。
彼女はゾラに自分の手に持っているマフラーを渡す。
「これあげる。よかったら使って」
「マフラー?」
「村を出るって聞いた時から旅の役に立つ何かをあげたいなって考えてて、色々悩んだんだけどそれにした。寒いところだけじゃなくて夜とかにもあったまるからいいでしょ?」
「自分で作ったの?」
「まあね。時間なかったから一つしか作れなかったけど」
ネリスの言葉を聞いてゾラは昨晩の出来事を思い出す。
「昨日言ってたやらなきゃいけないこと、って…」
「そう、それ。昨日はまだ終わってなかったから」
「嬉しいよ。ありがとう、大切にする」
「どういたしまして。頑張って行ってらっしゃい」
ネリスから貰ったマフラーを大事そうに持つゾラ。彼は一段と大きく頷き、一段と晴れやかな笑顔を見せる。
「じゃあ、皆。行ってきます!!」
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?