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ペドロ・アルモドバル『ヒューマン・ボイス』(2020)と、バレンシアガとAir Podsと、ジャン・コクトーと

70歳を迎えた2019年、『ペイン・アンド・グローリー』で、ともに激動のキャリアを刻んで来たアントニオ・バンデラスを主演に、自らの人生とバンデラスのキャリアに落とし前をつけてみせたペドロ・アルモドバルが次に選んだのは、かねてその作品から多大なる影響を受けてきたジャン・コクトーの戯曲『人間の声』の映像化だった。

ピナ・パウシュのコンテンポラリー・ダンスを至高の手捌きで極上のメロドラマ世界に編み込んでみせた傑作『トーク・トゥ・ハー』に先立つように、劇場や演劇と(実人生に対するそれと同じ自然さで)シームレスに接続出来るアルモドバルの映画術はここでも冴えに冴えている。

サリー・ポッター『オルランド』で決定づけられた中世的にして中性的な魅力を全開にして纏うバレンシアガのドレスの鮮やかさを際立たせるティルダ・スウィントンは、狂気と知性の淡いをたしかに生きて素晴らしい。バレンシアガの、カニエ・ウェストというペテン師によって歪められた昨今のイメージが、いかにこのブランドの本質から遠いものであるかを気高く示してくれているのは誰の目にも明らかだ。

1人語りをApple Air Podsを介した通話に翻訳して繰り広げられる会話で出てくる、誰もが理由があることを語る「ゲームの規則」(ジャン・ルノワール)、緑のイメージとともに語られる「めまい」(アルフレッド・ヒッチコック)。部屋に飾られた『眠れるヴィーナス』の絵画(ジェンダーの文脈を含んだ女性画家、アルテミジア・ジェンティレスキ)、部屋に置かれた「ファントム・スレッド」(ポール・トーマス・アンダーソン)や「キル・ビル」(クウェンティン・タランティーノ)のDVD…などなど、ティルダ・スウィントンのイメージと力強く気高く紐づけられた意匠が興味深く愉しく、この35分間を彩っている。

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