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映画備忘録vol.21 オリヴィエ・アサイヤス 『アクトレス 女たちの舞台』(2014)

列車の通路で仕事の電話応対に追われる、大きな眼鏡をかけたクリステン・スチュアート。

「はい、ヴァレンティンです…いや、マリアのパーソナル・アシスタントです」

彼女の明晰さ、器用さ、それと同時に抱えている現状への窮屈さが簡潔に描写される。これから彼女が今作『アクトレス 女たちの舞台』を、原題であるシルス・マリアの雲の向こうに消した後も終始支配し動かしていくことが自然と提示される、あまりに見事なオープニングだ。

この演技が評価され2年後に傑作『パーソナル・ショッパー』をオリヴィエに捧げられたクリスティン・スチュアートの現代的で鋭角的なフォルムと、クラシックでエレガントな丸みを帯びたジュリエット・ビノシュのフォルムの対比が美しい。

ビノシュ演じる大女優マリアが、若き日に主役を演じた戯曲のリメイクを再び演じることになる。ただし、今回は対になるもう1人の主役、若さに振り回される中年として。

ヴァレンティンとの脚本読みの過程で、自らの過去、現在、老いと向き合うマリア。役者とそのマネージャー、2人の関係が戯曲上の2人に、そして演じるジュリエット・ビノシュとクリステン・スチュアート自身に重なる。この三重構造のスリル。ジリジリと観客の胸に迫るサスペンスになる。

'Not be old as long as I don't wanna be young'
「自らに若さを望まなければ、老人扱いされない」

過去、現在、フィクションとノン・フィクションが交差し入り乱れて渦を巻く。トーマス・マン、ヘルマン・ヘッセ、ニーチェらを魅了したことで知られるシルス・マリアの雲がそれを飲み込み流していく、静謐な映画的表象。

'I really don't know clouds at all'
Joni Mitchell "Both Sides Now"

両側から見ても、いくら時間が経っても、きっとすべてはわからない。いつかすべては過ぎていって、他の誰かに廻り、いつか終わる。

だけどきっと、それでいいのだろう。

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