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自由社VS学び舎 6.日清戦争(1)

 幕臣勝海舟は、清国は大きいと言っていました。長州藩の高杉晋作は、上海に行き軍艦を1隻購入して帰ってきました。この違いは何でしょう。
明治27年(1894年)、日本と清国が戦ったのが日清戦争。翌年下関講和条約締結。清国は朝鮮の独立を認めました。新選組元隊士も参加していたといいますから、まだ江戸の香りが残っていた時代です。
 なぜ近代化途中の日本と大帝国の清国が戦争をしたのでしょうか? しなければならなかったのでしょうか?
学び舎は、194Pと195Pで「日本と清が、朝鮮で -日清戦争―」の見出しで説明しています。
 その小見出しは「朝鮮王宮を占領して、清との開戦へ」、「日本軍と戦った朝鮮の農民たち」、「条約改正の実現と日清戦争」、「下関条約と台湾の征服」です。
 学び舎では、「1894年7月23日に日本軍は、朝鮮王宮を占領し、その2日後清の軍艦を攻撃し、平壌で清軍を破り、国境を越えて清に侵入しました。さらに旅順、遼東半島一帯を占領し、北京にせまる勢いをみせました」と記述しています。

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 生徒諸君は、日清戦争は、日本が朝鮮半島を侵略し、さらに清国まで攻め入った戦争と理解するのではないでしょうか。また、両国が戦争をしなければならなかった本当の理由がよくわかりません。日本はこのころから侵略欲むき出しだったのでしょうか?
 では自由社はどのように記述しているでしょう。
続く    今日の新聞に、また領土拡張意欲満々のC国が出ていました。

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