見出し画像

アネモネの花

今日は少し時間があるので、いつもの私のほんの日常を文章という媒体で切り取って紹介してみたいと思います。

と言っても、普段伝えたいことは絵と拳とハープの音色に乗せるのが私の常ですので…文章には期待しないでいただけると幸いです(笑)

一昨日ほどでしょうか、私は一軒のラーメン屋さんを見つけました。実を言うと私はかなりのラーメン好きでして、中華料理店ではもちろんラーメン、定食屋でもラーメン、キディランドでもラーメン。月にラーメンへつぎ込む金額は幼稚園児ながら万を超え、最近は部屋の一角にラーメンを設け始めました。その大きすぎる愛はついに国境を跨ぎ、今の私の口からは全ヵ国語に翻訳された「ラーメン」とヤバそうな色の肉片しか出てこなくなりました。

そんな私がこのラーメン屋さんを見逃せる訳もなく、子像大の爆弾を抱えながら少し狭い扉を開きました。

外装が無造作だったこともあり、若干萎縮しながらお店に入ると……

「………え……!?…そん……そんな…」

なんということでしょう、机の数が素数なのです。ありえません、よりによって素数だなんて。普通のお店ならば机の数を素数になんてしないはずです。素数、素数か……しかし客は私一人、すでに向けられている店主の視線。ここまで来てお店を出るわけにはいきません。私は子像大の爆弾で机を1つ破壊し、机の数を6個にしました。

店主に食券を渡し、いそいそと少しベタつく机に座り、私はラーメンを待ちました。食券のボタンは蓮コラのごとく並んでいたのですが、書いてある文字はなんと全てラーメン!右端と左端のラーメンで迷った私は、5分の葛藤の末結局同時押しという結論に至り、己の全てを賭けた注文に行動を移しました。何故か真ん中が反応しました。

5時間後、ス、と差し出された一杯のラーメン。その待ち時間はまるでハリウッド・ドリーム・ザ・ライド。たった620円で入れるUSJ、そのお得感に感動した私は、そっと口を開きました。

「נא לא לתרגם」

おっと、前述の通りのラーメン愛が出てしまいました(笑)お恥ずかしい、まだ未熟なヘブライ語です。性懲りも無く飛び出しそうになるアルバニア語に蓋をするように、私はラーメンを口に運びました。

「おいしいです!これは何味ですか?」
「見れば分かるだろう。」

紫色だったので、強めのプリキュア味だと推測しました。

「10分くらいすると、鼻からスーッとわさびが抜けるんだ。」
「味の効き方がロキソニンですね。」
「褒めても何も出やしねぇよ。」

強面の店主の左の方の口から笑みが零れました。こういうギャップと意味の無い争いに人間は弱いのです。

「かなり量が多いように感じます。どれくらいありますか?」
「俺か?80キロだ。」
「いや、ラーメンがです。」
「ああ。それは俺だぞ。」
「そうでしたか。でも、80kgもあるようには見えないのですが…」
「違う、kmだ。」
「ボケも机もベタベタですね。」
「うちのラーメンは熱いからな。机とボケには冷えピタを採用しているんだ。」
「なるほど。どうりで。」

外装は綺麗とは言えず、机も素数、店主はずっとタメ口でしたが、ラーメンの味はとてもおいしく、私はものの8分で完食してしまいました。素数では無かったので、嬉しく退店することが出来ました。

心地よい満腹感と軽くなった右肩を感じながらふと振り返ると、緊張で見えていなかった店舗の名前をやっと認識することが出来ました。

6個になった机。ラーメンへのこだわり。蓮コラ券売機。ギャップ萌え店主。あの日の青春。初めての失恋。高らかに鳴るホイッスル。窓際の秘密事……そんなラーメン店が、掲げた魂。

力強いゴシック体の____アネモネ。

自分の涙に気付いたのは、雫が落ちた後でした。アネモネ。花言葉は、はかない恋。その小さな花に秘められた思いと、ゴシック体のアネモネを初めて見た感動、そしてやっと来たロキソニンわさび。そんな涙をぐっと拭って、黄色帽子を被り直し、私はまた日常の軌道へ戻るのでした。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?