「庫内灯」を読む(俳句作品/前編)

BL俳句誌「庫内灯」に参加した。

参加したら、非常に面白い本になっていたので

マイペースにだが一句鑑賞+αのようなことをやっていこうと思う。

「庫内灯」は11月23日に東京の文学フリマで販売される。

同じく11月下旬からはAmazonでも買えるのでよろしければ…。

取り急ぎ2回にわけて俳句作品の一句鑑賞を。


少年の頬の柔毛の桃や夜  藍川蘭

「桃のような頬」「柔毛が桃のように生えた頬」

「少年の頬のような桃」「少年の頬のような柔毛の生えた桃」

作者が本当に描きたいものはどれか。

全てであるような、全てを包み込んで

いつかすっぽりと覆い隠すであろう夜の深さであるような。

「少年」「頬」「柔毛」「桃」という単語をシャッフルして

出来上がったような句。単語同士が作用し合って奇妙な調和を見せる。


傷みたる葉を捨ててより葱らしく  天宮風牙

淘汰という行為に潜む暗い歓びを何のことはないという風に詠っている。


竜宮城へ行かうか浜日傘抜いて  石原ユキオ

遊び疲れた後の少しけだるく空虚な気分。

浦島太郎と亀が物語を逸脱して渚でデートとしゃれ込んだ後に、

物語の枠組みへ戻っていく二次創作のような奇妙さ。


立春や家具選るやうに墓を選る  岡田一実

家具が生前の私を取り囲むものならば、墓は死後の私を取り囲むもの。

立春の、春とは名ばかりの寒さが句にひえびえとした実感をもたらしている。


美しくなくても人生だね落葉   岡田朋之

作中主体が自分でつかみ取った発見の美しさ。

この作者のページに私は

「『禁じられた』とされる後ろめたさを捨てることで

ジャンルとして成熟する一歩を踏み出したBL」とメモしていたが、

何故彼のページにこのメモを残していたのかは不明である。


蒲公英の冠戴きて羽化前夜  音叉

幼稚園の頃に、竹宮惠子や萩尾望都が挿絵を描いている星占いの本を

来る日も来る日も読んでいて親に怒られたことがあった。

あの本の美しいカラー口絵の中に、こんな光景があったような気がする。


屠殺屋とをどるcha-cha-cháや夏の果  かかり真魚

この作者に関しては、タイトルにも使われた

〈昼火事のごときノーパン神父来ぬ〉の、

出落ちすれすれの圧倒的不条理を取り上げなければという気持ちは

もちろんあったのだが、こういう鑑賞では

「私が取り上げなくて誰が取り上げるのだ!」と思う句を優先したいので

こちらを取り上げる。

やさぐれた作風の洋画の1シーンのようで、実に色っぽい。


ピザ頼む台風接近のニュース  北大路京介

サッカーに打ち込む青春を詠った爽やかな作風が

この本の中だと何やらおどろおどろしいものに見えてしまうから不思議だ。

部活の練習がめずらしく休みになったのだろうか、

どちらかの家でだらだら過ごしながらピザをオーダーし、

遅れるか時間通り来るか賭けようぜ、などと言いながら

早まっていく雲の動きを眺めている、そんな光景が思い浮かんだ。


アパートを引き払わせて花の夜  倉野いち

「使役」に萌える。ざっくりとした季語選択も功を奏した。


会へるまで歩く十日戎の夜  久留島元

地域性のある季語は楽しくも切ない。

その地域に住んでいない人間にとってはよそ者としてしか関われず、

住んでいる人間にとっては日常から逃げ出せる貴重なひとときになる、

その差異が解釈を、句の受け止め方を変える。その可能性が切ない。

関西に好きなものや人がたくさんある(いる)私にとっては、

思い人に会えるまで大阪のあのぎらついた喧噪の中を歩ける作中主体が

うらやましくてうらやましくて、文字を打つ手が止まる。


逸脱のたのしさでヨットには乗らう  佐々木紺

佐藤文香のヨットの句を思い起こさずにはいられないが、

句またがりが奔放な内容に説得力を与えている点に独自性がある。

寝る前に読んだ時の殴り書きに「石原裕次郎、アラン•ドロン」とあった。

若さ、美しさ、愚かさ、強さ、いろいろなものを乗せてヨットが沖をゆく。


ゴッホ寝室にゐるゴーギャンや風信子  鈴木桃子

お互いの心の中の色をぶつけ合うように

暮らしていたであろうゴッホとゴーギャン。

風信子が原色だらけの彼らの暮らしを淡い色でかく乱している。


マフラーの赤を合図に逢引す  千早

年の差がある二人の恋愛ものには、

置かれている立場や抱く悩みなど、

自分と相手がいかにかけ離れているかを思い知り

恋愛という関係性へ踏み込むことのためらいを抱く、という展開が

かなり高い割合で差し挟まれるのだが、

この連作にはその種のためらいが一切見られない。

大人は子供のようにはしゃぎ、子供は大人のように相手を誘う。


寒椿ひとつ遺影のごと笑みぬ  土筆みを

不穏な季語の使い方や定型からの逸脱ぶりに個性を感じさせた作者。

無国籍なムードと時間や空間の歪みを描いた句が目立ち、

不思議な読後感だった。

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