見出し画像

【コラム】サッカーの香車(きょうしゃ)―可能性を引き連れたレフティ―

サッカーにおいて、自陣の最終ラインに4人のディフェンダーを配するとき、両端の2人はサイドバックと呼ばれる。

サイドバックは守備だけではなく、攻撃の起点としてピッチを駆けあがり、敵陣に切り込む役割を担うことが多い。
まっすぐに突き進み、目の前に現れた敵は喰らう。将棋の駒に置き換えるなら、前へ前へと突き進む、両端の「香車きょうしゃ」である。

福島県の浜を本拠地として戦う、J2・いわきFCには、ど迫力の香車がいる。
No.16、河村匠。サイドバックを任される左利きレフティだ。
本記事では、その香車に心を奪われたひとりのサポーターが、観客席から見た彼の魅力を綴る。


空白の2か月

いわきFCの公式HPによると、河村匠は2000年9月13日、この世に生をうけた。
福島県の尚志しょうし高校から大阪体育大学へ進み、2023年にいわきFCへ入団。
ルーキーイヤーから左サイドで活躍している。

そうはいっても、河村は開幕戦から試合に出場できたわけではない。
初めてJリーグのピッチに立ったのは、2023年4月16日。第10節・ザスパクサツ群馬戦だ。
それまでは第8節のベンチ入りを除き、サブにさえその名は入っていなかった。

開幕から第10節までの2か月間、河村はどんな思いで、駆けることを許されぬピッチを見ていたのだろう。

輝き始めた香車

ついにJリーグデビューとなった、ザスパクサツ群馬戦。
河村は左サイドバックとして、先発メンバーに名を連ねた。
いわきFCというプロフェッショナルの集団において、観客席から見る彼は、まだ未知なる戦力だった。

わからないものに、当然ながら人は不安を覚える。
サポーターたちの胸には、初めて見る選手への期待と同時に、どうなのだろうという不安もあった。
サイドバックは、守備から攻撃への転換を担うべきポジションだ。
ここに配された河村は、果たしてどのような「香車」なのか。いくつもの視線が彼に注がれていた。

その中で走り出した河村の輝きは、鮮烈だった。
堂々と左サイドを駆けて攻撃の起点となり、プレイヤーたちを前へと引き連れていく。
特に光ったのは、フィールドの自陣から敵陣へと、一気に突破する攻撃力だ。
自陣からドリブルで駆け上がると、いったん中盤の選手にボールを預けて追い越し、再び受けて敵陣へ躍り出る。
鋭い槍を彷彿ほうふつとさせるそのプレイに、サポーターたちは沸きに沸いた。

河村匠、ここにあり。
次の試合だけはベンチ入りしなかったものの、翌々節の第12節以降、彼はすべての試合で出場を果たしている。

ファンを惹きつける魅力

ここからは、いち観客が感じた河村の魅力について綴るので、プロフェッショナルの見解とは異なるかもしれない。
見当違いのことを語っていたとしても、ファンの贔屓目ひいきめと笑い飛ばしていただければと思う。

河村匠は、とにかく判断が早い選手だ。
パスが渡ったら、まばたきを抑えて見ておかないと、あっという間にボールをさばかれてしまう。
その判断の早さは、ごく近い将来、河村をもっと高い場所へと押しあげるのかもしれない。

難易度の高いパスやクロスを持っていることも、河村の魅力のひとつ。
ある試合ではゴールラインすれすれから、別な日には受けたパスをダイレクトに、時には一気に右サイドまで。
河村は時折、ピッチの左サイドから、芸術作品のようなクロスやパスを上げてみせるのだ。
その精度と美しさに、彼はこれから、どんどん磨きをかけていくのだろう。

そして、河村が最もファンを惹きつけるのは、自陣の奥から敵陣の先端へ一気に攻めあがる場面だ。
105mの長いピッチサイドを、迫力のある速度で一心不乱に駆け抜け、迷うことなくクロスボールを上げる。
2023年の第16節・大宮アルディージャ戦では、78分を過ぎてからこの突破を見せた河村に、DAZNの解説を担当していた播戸竜二氏が「素晴らしい」を連発した。
見る者の感性を惹きつけ、感動を巻き上げながら走る河村の姿に、どれほど多くのファンが心をつかまれていることか。

香車よ高みへ突き進め

この記事を作成した2023年8月15日現在、河村匠は大卒ルーキーの22歳だ。
サッカープレイヤーとして大成するために、まだ充分な若さを持っている。
武器である左足は、どこまで鋭く研ぎ澄まされるのだろう。

河村の大ファンである筆者は、その未来に「八咫烏やたがらすを掴め」と願う。
三本脚のカラスとして描かれる八咫烏は、日本神話に登場する導きの神であり、日本サッカー協会(JFA)のシンボルマークだ。
日本代表のユニフォームにつけられた、JFAのエンブレムの中央には、赤い球を持つ八咫烏が描かれている。

香車は将棋盤の端をまっすぐに駆け、ひとたび敵陣に入れば、王将と同じように動く「成香なりきょう」に変わる。
河村という若き香車には、ぜひとも成香となって、八咫烏を掴んでもらおうではないか。

きらびやかな可能性を引き連れて走る河村匠には、極上の未来へ駆けあがる能力と権利があるはずだから。

もしもサポートをいただけましたら、ライティングの勉強に使わせていただきます。