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「障害者と健常者との境界線が感じられなくなるスポーツとしての可能性が広がる」TECHNO eRACING 事業開発担当者 中塚智恵 インタビュー【前編】

アシスティブテクノロジーを提供するテクノツール株式会社が、新たに発足したeモータースポーツチームである「TECHNO eRACING」

今回は事業開発責任者として、事業の根幹を担っている中塚さんに、「TECHNO eRACING」発足のきっかけや、チームに込めた思いなどを聞きました。


中塚智恵
新規事業開発担当、理学療法士として2021年より参画。eモータースポーツ事業の立ち上げ、企業や自治体とのDE&Iの共創に向けた事業企画に従事。

「一緒にアクションを起こすことに関心を持つ企業と繋がって議論する中で、新しい取り組みや商品が生まれる」中塚さんが描くビジョン


TECHNO eRACINGとはどのような事業ですか?

TECHNO eRACINGは、車椅子ユーザーを中心としたeモータースポーツチームです。
各ドライバーの身体状況に合わせて機材を調整しながら、大会への参加や機会参加に挑戦することを目指しています。さらに、企業との社会的価値の共創に取り組むという二つの大きなテーマを掲げています。


TECHNO eRACINGにどのような期待をして事業開発していますか。


私は、長期的な社会的変化が生まれることを期待しています。

現在、スポーツに対しパラスポーツという言葉があるように、スポーツの世界では、健常者と障害者の間に境界線がある場合が多々ありますが、eモータースポーツは障害のある人もない人も同じ土俵で戦うことができるため、障害の有無に関係なく人々が互いに競い合うことができます。

これにより、

「eモータースポーツを楽しんでいたら、実は対戦相手が障害のある人で、いろんな工夫をして参加していた」

というようなことが起こりうる。
障害者と健常者の間の境界線が感じられなくなるスポーツとしての可能性が広がると思っています。

さらに、各ドライバーの操作環境が異なるため、それぞれのニーズに合わせたフィッティングが必要です。

これはモータースポーツのエンジニアリングの一環としても興味深い点ではないかと思います。
一般的なモータースポーツでもドライバーごとに操作環境を変えることが行われていて、このチームでもそれと同じような感覚で向き合い、その過程を発信できます。

その環境設定について、他のチームエンジニアと議論したり、選手同士が一競技を楽しむために考え方を共有しながらパフォーマンスを高めていけると、さらに面白いと思っています。


レーサーと共に機材をフィッティングしている

また、eスポーツやプログラマーのように、パソコンの操作環境の調整にこだわりをもつ業界との親和性もあります。
障害者向けの環境調整にはある一定の経験が必要です。

ただ、決して特別な感覚で捉えるのではなく、モビリティや業界視点との共通点や違う点が見えてくると、イメージしてもらいやすいのではないかと感じており、そこに可能性があると思っています。

私たちと一緒にアクションを起こすことに関心を持つ企業と繋がって議論する中で、新しい取り組みや商品が生まれることを期待しています。

遠隔運転やパーソナルモビリティの進化により、モビリティ自体の定義が新しくアップデートされている現代だからこそ、運転方法や遠隔管制の方法、免許の定義、利用者や担い手もこれから多極化するはず。この活動が社会にどのような変化をもたらすか、モビリティ企業やテクノロジー企業と共に検証することができると考えています。


TECHNO eRACINGの始まりは、トヨタ・モビリティ基金主催の「Mobility for ALL 〜移動の可能性、すべての人に~」に採択されたことでした。
中塚さんが参加したきっかけは何でしたか?

まず、弊社にeモータースポーツに参加したいと、車いすユーザーからの問い合わせがあったことがきっかけです。

そして、より多くの人にヒアリングをしていくと、
車の運転が好きな人、身体的理由で車の運転はできないが、いろんな場所に出かけたいアクティブな人、さらに、混雑する電車やバス、家族の車か介護タクシーなど、
日常的な移動手段が極度に限られている社会課題、世間一般的には、車の若者離れなどが見受けられました。

取り組みをスタートすることで、運転やモビリティの楽しさや可能性について捉え直し、将来的に、移動困難者が生まれないような社会にしていくことの可能性を感じました。

初めはテクノツールが技術提供者として実現できるか不安もありましたが、障害のある人の機器開発の経験があるため、これをトヨタ・モビリティ基金のサポートを得て実証していくことにしました。

事業に参加する際、私は二つの考えを持って参加します。

一つは、新規事業の開発です。

テクノツールの技術や知見、アシスティブテクノロジーを福祉領域に留めず、障害に触れたことのない領域にも広く伝えることで、障害のあるユーザーが社会で活躍できるようにしたいと考えていますし、アシスティブテクノロジーの考え方による取り組みを一般社会に実装することが最も重要です。

例えば、自動車などのモビリティの操作が、ハンドルやアクセルブレーキではなくジョイスティック操作になることで、高齢のユーザーや複雑な作業を同時に求められる仕事に従事しているユーザーがより操作しやすくなり、その結果障害のあるユーザーに操作のしやすさを提供することが可能になるかもしれません。


新規事業の一環として過去に行った出張体験会では、講師も務めた

二つ目は、理学療法士の資格を活かし、ユーザーに最適な操作環境を提供することです。

機材の開発だけでなく、フィッティングの観点から最適な環境を整えることが重要です。これを福祉領域に限らず、モビリティや他の領域にも広げることで、企業が取り組むアクセシビリティや既存のアクセシビリティが向上し、誰にとっても使いやすい商品やサービスが増えると信じており、そこに関連していきたいという思いがあります。


「社会を変える時には、ビジネスの力でより良い社会を目指していく」中塚さんが事業開発に取り組む原動力


中塚さんは理学療法士の資格を持ちながら、福祉の領域を超えた事業に取り組んでいます。新規事業の発足に取り組むきっかけは何でしたか?


元々医療や福祉の現場で働いていましたが、現場では当事者やその家族が自己実現を果たせていないと感じていました。

私の祖父が車椅子を使っていたときも、家族旅行などが難しく、一度は家族全体が諦めてしまった経験があります。しかし、どうしても諦めきれず、旅行の目的を、祖父のためだけでなく、家族の動機づくりや楽しみを作ることで家族を説得できた経験があります。

そうした経験から、当事者だけでなく、その家族、障害のない人を含め、よりフラットな形での社会での実現に関わりたいと思うようになりました。

原体験であるオーストラリアでの生活で、障害者が障害を障害と感じずに生活している社会を見て、支援者も医療や福祉の専門家である必要はないと感じました。

また、起業する人に出会ったり、障害者のニーズから生まれる旅行事業や生活支援の仕事に関わる中で、社会を変える時には、ビジネスの力でより良い社会を目指していくという可能性を感じ、事業開発に関わるという目標になりました。
2016年ごろより、事業開発の力をつけていくにはどうしたら良いかを考えるようになりました。

現在は、理学療法士としての視点はあくまで1つの引き出しとして、より社会全体の快適さを実現する事業開発を目指しています。

MFAの活動は今年で3年目になります。フェーズ1とフェーズ2を振り返っていかがですか?

フェーズ1では、eモータースポーツに挑戦したい障害のある人に試していただきeモータースポーツに参加することで新しい未来を創造する可能性を見出しました。

まず、様々なユーザーを集めて、彼らに適していると想定した機材を提供しました。
結果的に、操作環境はハンドルと手動装置、ジョイスティックの2パターンに絞られました。

フェーズ2では、それらの機材を大会に出場できるレベルに引き上げることを目標としました。

チーム対戦を通じて、障害のある人とない人が同じチームでどれだけパフォーマンスを発揮できるかを検証しました。
その結果、障害のある人も運転できることが実証され、練習による成長も見られました。

今後、障害のある人とない人のパフォーマンスの差を縮め、遠隔操作などでどのように実現していくかを企業と共に検討していきたいと考えています。


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