創作落語 晴れの盃

枕 いやぁ…のびましたなぁ。緊急事態宣言。いつまでこの話題をまくらにするのでしょうね。まぁ、特にしなくてもいいわけですけど、ついついこの話になってしまいます。久々に会った友人知人なんかに、一発目に声をかけるのは「そっちどう?コロナ影響ある?」なんて聞いてしまいます。ちょっと前、本当に昨年の頭や、一昨年なんか何の気兼ねなく暮らしていたわけでございます。仲間と飲みに行くのも、夜思い立って飯屋に行くのも自由なものでした。今なんて八時まででしょ?ちょっと仕事が押したら夜ご飯にありつけない。そりゃ、出前や持ち帰りはできますけど、仕事で張り詰めた頭の神経を緩める一杯がいけないのはつらい世の中でございますね。私達噺家なんかは特に酒の席というのが大好物でございます。昇進したら飲みに行こう。悩んだら飲みに行こう。やることねぇな飲みに行こう。何かにつけて飲みに行くものでございます。八時までだから早めにいけば良いんじゃないか?なんて声も聞こえてきますが…あのね、私たちも一応働いているわけでございますよ。この寄席だってね、一応、収録は午後からとかあるわけでございます。そんな早めには飲み屋さんに行けないんですよ。でもまぁ、たまには昼酒ってのも乙なもんでございますなぁ。

熊 (クーっと酒を飲む)くはぁ~。たまんないねぇ。

長屋の怠け者、熊の前を働き者の大工の金兵衛が通る。

金兵衛  おいおいおい、こんな真昼間から家の前で酒かっくらうたぁ、良い    ご身分じゃねぇか。

長屋の前に置かれた長椅子にドカッと腰を下ろし、酒瓶からぐい飲みに酒を注ぎ飲み干している熊の姿を発見した大工の金兵衛。あまりにうまそうに飲んでいる姿に金兵衛も喉が鳴る。

熊  おお、金兵衛か!お前さんもどうだい?一杯やってくか?
金兵衛  ・・・ええ?しょうがねぇぇなぁぁ。付き合ってやるかぁぁ。

熊は自らのぐい飲みに入った酒をきれいに飲み干し、ピシャっと酒を切り、酒瓶からトクトクと酒を注いだ。

金兵衛  しかしどうしたんでぇ?こんなお天道さんがたけえ内から酒盛りたぁ。なんかめでてぇ事でもあったのかい?

熊は並々と注いだ酒が入ったぐい飲みを金兵衛に渡す。
それを金兵衛が有難く受け取り、ぐい飲みに口をつけ、一気に…

金兵衛  なんでぇ、この酒は。まるで水みたいな味だなぁ。
熊  なんだい、大工の棟梁と言っても酒の味を忘れるほど飲めないのかい?
金兵衛  まぁ、稼いだ金は全部おっかあにとられちまうけどな。酒くらいは毎晩飲んでるさ。お前さん、なんで酒瓶に水なんか入れてるんでぇ?・・・金貸そうか?
熊  おまえさん、さっき何てった?
金兵衛  金貸そうか?
熊  そこじゃないよ。その前だ。
金兵衛  お前さん、なんで酒瓶に水なんか入れてるんだ?頭おかしいんじゃないか?
熊  そこでもないし、おいらの頭はおかしくなってないよ。
金兵衛  なんだよ。
熊  お前さん、なんかめでてぇ事があったのかって聞いてくれたな?
金兵衛  ああ、そうだ。だってよ。昼間っから酒飲んでると思ったからよ。こちとら今から仕事なのにうらやましいことしやがるなぁって思ったんだよ。
熊  その逆だよ。おっかあが愛想付かせて出て行っちまいやがった。
金兵衛  ・・・ありゃぁ・・・
熊  酒飲みの妻はもう嫌だとよ。
金兵衛  そんで焼け酒かい?
熊  ああ、だが、酒を買う金もなかった。昨日で飲み干しちまった。
金兵衛  耳がいてぇ、話じゃねぇか。しかし、お前さん普段からそんなに飲んでたかい?
熊  量はそんなに飲んじゃいないさ。ただね、稼ぎもそんなに稼いでなかったもんでね。
金兵衛  酒飲みっていうか、原因そっちじゃないのかい?
熊  おいらはね、必要最低限の暮らしができればそれでいいんだ。
金兵衛  それが出来てねぇから女房が出てったんだろ?
熊  言うねぇ~
金兵衛  言うねぇ~じゃねぇだろ。こんな所で水飲んでてもラチが明かねぇ。うちの現場来い。まじめに二、三日働きゃ、女房も見直して帰ってきてくれるさ。

熊は少し考えて、

熊  確かに、酒代位は稼がせてもらうかね。

金兵衛の言う通りに着いていくことにした。それから数日、金兵衛の元で熊は一生懸命働いた。もとより、素直な人間だったので、仕事はめきめきと上達した。ある日の仕事終わり。

金兵衛  どうだ熊。これで、焼け酒位は買えるぞ?まだ続けるか?
熊  こうやって一生懸命働くのも悪くはねぇな。もう少しいさせてもらえねぇか?
金兵衛  ああ、そりゃ構わねぇが・・今日は酒を買った方がいいじゃねぇかと思ってな。
熊  やけ酒にしちゃぁ、随分と日がたっちまったよ。

にやにやとする金兵衛の後ろには金兵衛の奥さんが連れてきた熊の奥さんが立っていた。

金兵衛  焼け酒じゃねぇよ。奥さんがお前さんの姿を見て、戻ってもいいってよ。こんな目でてえ事はねぇ。こんなハレの日に飲むのは・・・祝い酒だ。

AKR創作落語『晴れの盃』でした。


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