岩田さん


10年ほど前の話。



初めてデリバリーのアルバイトに応募したのは20歳頃で、下寺町にある出前専用の小さなイタリアンの店だった。


今はもう潰れてしまったのだけど、元芸人やDJ、社会人、学生、フリーター、自称ヤ⚪︎ザの女のおばさんなどバラエティーに飛んだ人達がいて、愉快な職場だった。





岩田さん(仮名)と言う社員の方がいた。
当時25歳ほどだったか、色黒で髪は長く、目鼻立ちの整った男前だった。



僕が初出勤の日、岩田さんに
「山岸と言います。よろしくお願いします」と挨拶をすると、岩田さんは「山岸君かー、ちょっと待ってな、あだ名つけるわ。絶対に言われたことないあだ名にするわ」と言って少し考え込んだ後
「ぎっしーでどうかな?」と言った。


余裕で言われたことあるあだ名だった。


面白い人だなと思った。






面白い人が必ずそうであるように、岩田さんもまた、とても優しい人だった。
誰かが仕事でミスしても一度だって怒ったりしなかった。
いつも「余裕やで」と言って助けてくれるのだった。





毎回のように遅刻してきて、店長によく怒られていたが、仕事は出来た。
すさまじい速さで調理を終わらせては、休憩室に行き、タバコを吸いながら携帯の麻雀ゲームをするか、本棚に置かれた漫画を読んでいた。

20世紀少年と手塚治虫のアドルフに告ぐがお気に入りのようだった。
「これ何回読んでもようわからんけどオモロイねん」と言っていた。






あまり自分のことを語りたがる人ではなかったのだけど、一度だけ過去の話をしてくれたことがあった。


「俺、昔はクズやってん」
「いやいや、今めっちゃ優しい人じゃないですか。クズじゃないでしょ」
「高校卒業してからプー太郎の時期あってさ」
「そんなん全然クズではないでしょ」
「いや、ちゃうねん。その頃さぁ、夜ぐらいからプー太郎同士の友達で集まってオールすんねん。で、朝方に近くの公園行ってジャングルジムにのぼんねん。それでな、ジャングルジムの上から道行くサラリーマンに向かって、お前らの人生毎日一緒でおもろないのー、って叫んだりしててん」














とんでもないクズだった 笑












「それはクズですねぇ」と僕が笑いながら言うと
「なぁ。マジでどうしようもないやつやったわ。なんであんなことしてたんやろ。
毎日働くことの大変さが今は身にしみてるわぁ」と言って、岩田さんは苦笑いをするのだった。






「奥さんも働いてはるんですか?」
「せやねん、申し訳ないねんけど、頑張ってくれてるわ。家も嫁さんの実家に住ませてもろて甘えさせてもらってんねん。本間に情けないわ。もっとしっかりして、嫁さんが幸せなるように頑張らんとな。いつか子どもも欲しいしなぁ」






岩田さんが人のことを悪く言うのを一度も聞いたことがなかったかもしれない。






僕はその店を数年で辞めてしまったのだけど、その後一度だけ千日前通りを自転車で東に向かって爆走する岩田さんを見かけたことがある。



遅刻だなと思った。


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