【Mother-009】母の嘘〜「鼻穴痙攣0.8」の法則〜

  僕には悪い癖がある。それは食べ物や飲み物を、時々2割ぐらい残してしまうのだ。それも大概”大盛り”にした時。

「あと二口か三口なんだから、頑張って食べなよ」

と、友達や彼女に言われても、お腹がいっぱいで入らない。

本当に入らないのだ。

 さらにたちが悪いのは”残してしまうかもしれない”と、心のどこかで分かっているのに、丼やラーメンでは「100円で大盛りに出来ますよ」とか、ジュースやお酒だと「350mlだと少し足らないな〜500mlだと少し高くなるけど、その方が得だし、まあいっか」と、つい”大盛り”の方を頼んでしまう。

「今だけ大盛り無料サービス中」だったら、確実に言うであろう、

「スーパーサイズ!ミー☆」

と。

 つい”大盛り”を頼んでしまう「衝動」はどこから来るのだろうと、ふと思った。そこでまた、ここへ書きながら探ってみようと思ったのである。何か”寂しい臭い”がしたから。

 考え始めてみると「もし大盛りにしなかった時に、全て平らげた後に物足りなく感じてしまったら、凄くガッカリするだろう」と思った。ん〜でも待てよ、大盛りにして後悔したことは沢山あるけど、”大盛りにしないで”後悔したことはあまりないな。いやほとんどない。

むしろ「腹八分目って誰が発明したんだろ!素敵過ぎる!」と思うことの方が圧倒的に多い…

 僕は結構、損得勘定をしてしまう方だと思う。”計算高い自分”に時折うんざりすることがある。そんな僕がもし、あの母のもとへ生まれてこなかったら、きっと母が僕へ残してくれた、あの”損得抜きの宝物”は受け取りそびれてしまい、今頃は「東町損得勘定奉行」になっていたに違いない。

 だから尚更、分からなくなるのだ。大盛りにする度に”損”しているはずなのに、何故、何度も何度も大盛りにしてしまうのだろうと。

 一応伝えておくが、僕は大食いではないし、食い道楽でもない、身体を壊してからは、健康という”得”をする食べ物には拘るようにはなったが。その上で更に美味しければ尚更”得”だと考えてしまう人間だ。

 そうやって、いつも通りに思索を続けていると何故か、このタイミングで突然、全く関係ないと思われる「よーこの鼻穴痙攣」の映像が浮かんできた。僕はそこでやっと理解した。

ああなるほど…そういうことね、と。

…だとすれば結論まで辿り着かないといけない。

 僕が中学生の頃のこと、学校から戻ってくると台所で母が、椅子に腰掛け静かにお茶を飲んでいた。何処か遠くを見つめながら。

 いつもなら、夕食(つまみ)の準備をしながら、それを味見しつつ、ビールを飲んでいるはずなのに、何か様子がおかしい。僕は少し警戒しながら、

「ただいま〜?」

と、台所へ入っていった。

「ああ、ひろぼ、おかえり。」

と母。


何かが変だ。”心ここにあらず”という感じだ。


僕が不思議そうな顔をしていると、母が突然静かに、

「今日お母さんね、交通事故に遭ったんだよ。」

と、僕に告げた。

驚いた僕は母の体中を見回してみるが、パッと見た感じでは、とても事故に遭ったとは分からない。すると母は、

「交差点で突然、右から信号無視の車が入ってきて、当てられたんだ」

と言った。その後、母から詳細に事故の様子を聞いたのだが、交差点での右からの信号無視車の衝突事故はほとんど死者が出るらしい。警察の人に

「死傷者が一人も出なかったのは本当に奇跡でしたね」

と、言われてその後、病院で検査をして帰ってきたらしい。だが母は、

「今晩から明日が勝負だね」

と静かに呟いた。そう、事故の怪我はその瞬間に出なかったりする。なぜならパニックになり、気が動転してるせいか、アドレナリンが出ているせいか、痛みを感じにくくなっている。だから落ち着いた次の日などに出てくることが多い。

 しかも、母は【Mother-002】生命の水にも書いたが「紫斑病」という病気で、ただでさえ血小板が少なく、血が止まりにくい体質で、内出血がおさえられない体だった。

 1日、2日と経つうちに母の体は、ほぼ全身”青アザ”だらけになっていった。その姿を見た時に、初めて僕は事故の凄まじさを知ったのである。

 依頼、母はあまりご飯を食べなくなった。いや食べられなくなったのだ。よく母は、

「あの事故で内蔵が左に寄っちゃったんだ」

と、冗談なのか冗談じゃないのか、分からないような言い回しで呟いていた。

あの日から、少しずつ母は痩せ始めた。

「これじゃ”太っ腹”なのか”ビールっ腹”なのか分からないな!」と、いつも自分の体で笑いを取っていた母。

そのせいで40歳の時、僕がお腹に出来た時、誰からも”妊娠した”と信じて貰えなかった母。

”なすに爪楊枝4本刺したような体型”と家族にバカにされて、微笑みながらキレていたやばいかあちゃん。

あの日から、大切な”何か”が少しずつ壊れ始めた。

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