カルマ

【Mother-008】母の矛盾〜「よーこ式」人生のガイドライン〜

 その昔、僕が中学生の時、母の車に乗ってる時に、いきなり自転車に乗ったお爺さんが、飛び出して来た。急ブレーキして、ギリギリ間に合い、お爺さんをはねずに済んだ。しかしお爺さんは何事もなかったかのように、こちらを見ようともせず、謝りもせず、また普通にヨロヨロ〜っと走り出した。

 僕は、ものすごく腹が立ち、「危ねえな!じじぃ!謝れよ!!そんなに死にたければ、違うところに突っ込んで死んじゃえ」と、吐き捨てるように言ってしまった。

 まだ「死ねば良いのに」が流行る前の事だ。時代を先取りし、しかも小心者で思春期の僕は、車の窓が開いていないのを、確認して聞こえないように言った。するとすかさず、うちの母が厳しい口調で、  

「ひろぼ!そんな汚い言葉、言ってはダメだよ!」 

と、バックミラー越しに、後ろの席に乗っていた僕を睨みつけた。母を庇う気持ちも少しあった僕は、「ちぇっ」と拗ねて口を尖らせ、その後、車の中では会話もなく家路についた。

 帰宅してすぐに、電話が鳴る、母が常々お世話になっていた、大恩人からだ。受話器をとった母は最初満面の笑顔と、甲高い声で話していたが、みるみるうちに母の顔が険しくなり声が低くなっていく。

 又聞きなので内容は、あまり思い出せないのだが、母のリアクションを見る限りだと、どうやらその大恩人は、日頃頼りにしている仲間から裏切られて、相当酷い目にあったらしいことは分かった。

それを聞くなり母は突然、電話越しに叫んだ。 

「死ねええええええええええ!くたばれば良いんだそんな奴!」

さっきの今である。または、

今のさっきである(笑)

 はい、ここで僕のリアクションはどうなっただろうか。そう、まさにお笑いで有名な”Mちゃん”のあの、一点見つめの真剣な顔で良くやるリアクション、 

「えええええええええええええええ!?」 

そして

「あーーーーりーーーーえーーーへん!」

を連呼。もちろん母に聞こえないように無音声。

何回かやるとお約束のHちゃんのツッコミ「うるさいねんな!もう!」が入るアレだ。

心の中では、

「いーみーがーわからん!」

を連呼。

 さっきの僕の発言より直球過ぎて、しかも母から、今さっき、思いっきり叱られた僕は、その違いが全く分からなかった。だが流石は、ひろぼである。都合の悪いことは、すぐ忘れる(笑)しっかり覚えているんだろうけど。

あ、ここで思い出した。僕の欠点、それはよく「忘れる」ことだ。変なことは、気持ち悪いくらい、よく考えるせいか、覚えているのだが。

その後、よーこへ僕が”矛盾”というタグ付けをしたのは想像に難くない。

 今思えば、母が残してくれた一つ一つの言葉をヒントに、その言葉の”点と点"を”線"で結んで行けば、母の「どこまでが”くたばれ”で、どこまでが”死ぬな、生きろ”なのか」という、ジブr…ボーダーラインが浮かび上がってくる。そしてその線を幾重も重ねていくと、最終的には「よーこ式人生のガイドライン」も見えてくる。

 母が生前、話していたエピソードがある。【Mother-002】にも少し書いたが、母は超未熟児で生まれた時から、両親から人一倍の”愛情”を受けた。それだけではなく、母は両親から譲り受けたものがある。それは”社会教育”だ。身体の弱い母は中学校もろくに通えず、その代わりに母の父母、つまり僕から見ると祖父母から「世の中で不自由なく生きていくための教育」を受けたとよく誇らしげに語っていた。

 例えば電車のホームで何番目に並ぶと、必ず空いてるシートに座れるかとか、信号のない道路を横断するときに、車がいつまでも途切れないでイライラする時も、必ず途切れる時が来るから慌てて横断してはならないとか。

 あ、今書いてて思ったが、さっきの自転車に乗ってたお爺さんは、完全に見切り発車だった…まぁいろいろと、よくビールを飲みながら話してくれた。

その中でも子供ながら、鮮烈に覚えている話がある…

 …それは戦争が終わってすぐ後の時代にさかのぼる…

 当時、かあちゃんの手をつないで、道を歩いていた、幼いよーこちゃんは、向こうから片足が根本から失われ、松葉杖をついて歩いていた人が目に飛び込んできた。その人がなぜ片足がなかったのかは僕も分からない。病気が原因か、事故か、それとも戦争のせいなのか。
 好奇心が旺盛な、よーこちゃんはその人とすれ違っても、後ろを振り返りながら、その人の後ろ姿を目で追いかけていた。そして充分に距離が遠ざかってから、その人を指さし、
「かあちゃん!あの人片っぽの足がなかったね!」
とまるで”不思議なもの”を見て、さも喜びながら、かあちゃんに言った。すると、かあちゃんは無言でぐいっと、よーこちゃんの手を握り、強く引っ張りながら、その片足のない人のところへ、よーこちゃんを連れて行く。

かあちゃんは言った。 

「もう一度この人に指をさして笑いなさい」 

キョトンとする、よーこちゃん。 

「もう一度この人に指をさして笑いなさい!」 

と凄く怖い顔で怒鳴るかあちゃん。

周りの人が立ち止まり、急に視線が集まる。そして片足の人も何が起きたのか分からない顔で戸惑い、黙って二人を見守る。

ここまで読んでピンとくる人もいるかもしれない。そう、あの”人差し指ガイドライン”だ。

よーこちゃんはすでに半泣きで、震える人さし指をその人に向けた。すると、かあちゃんはしゃがみ込んで、よーこちゃんと同じ目線で優しく語りかける、 

「いいかい、よーこ。おまえの指は今”誰”をさしてる?」 

よーこちゃんは涙を必死にこらえながら、 

「こ、の、ひ、ど、へぐ…へぐ」 

そしてかあちゃんは話を続ける、 

「じゃあ、残りの指は”誰”をさしてる?」 

よーこちゃんは涙を必死にこらえたが、残念ながら鼻水が止まらない、 

「あだし〜へぐ…へぐ!」 

かあちゃんは、真剣な眼差しで話す、 

「そーだ。残りの4本はおまえを指さしてるんだよ。その指はほら見てごらん、あそこにいる4人の人たちの指だよ」 

それを聞いた、周りの人も反論するわけでもなく、ただ黙って、かあちゃんの次の言葉を待つ、 

「おまえがさっきこの人を指さして笑ったろ?その瞬間におまえが周りの人から、”見えない指”をさされて、笑われるんだよ、嬉しいかい?」 

よーこちゃんは涙と鼻水を必死にこらえたが、残念ながらもう顔面ぐっちゃぐちゃ。 

「うれじぐない…びえええん」 

そしてかあちゃんは笑顔で言った、 

「じゃあこの人に謝ろう」 

かあちゃんとよーこちゃんは、片足の人に深々と頭を下げた。”時間を止められた”そこの人たちの時計が動き出す。そして何事もなかったように、また皆、歩き出した、微笑みを口元に潜めながら…

 僕が中学3年生の時に亡くなった祖母、おハナさん。いつも優しくて、怒るところなんて、それこそ死ぬまで僕は一度も見たことがない。そして母が誇らしげに語っていた、その話に出てくる”おハナばあちゃん”は間違いなく”がばいばあちゃん”だ。その話は僕も大好きで、今でもよく覚えている。

※ちなみにその”がばいばあちゃん”が苦労して産み育てたのは”やばいかあちゃん”だったことを、ここで敢えて追記させていただく。

 さてこのエピソードをヒントに、僕が長年、悩まされてきて、やっと分かったその”やばいかあちゃん”の矛盾の答えを考えてみようと思う。

要するに簡単に言えば、

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