青春

俺は今日も悪口を冴え渡らしていた。
「おはようなんて言ってやらない。お前はいつも来てくれるからな、ショートケーキをきらっきらの白米の壮大性に乗せたような奴だな」
俺は起床直後の朝への悪口で今日のセンスを問う。今日の俺を名付けるなら「ピアノマン」だ。
おしっこをしながら中指を立てる。
「好きだぜ!トイレ!俺は毎日トイレが楽しみで堪らねえ!大好きだぜトイレ!ずっと一緒にいてやるからな!」
中指を立てながら好意を伝えるというトリッキーな悪口。洗浄の水音に混じって掻き消されて何も聞こえないだろうと思い、「可哀想だなまったく」と言った。
冷蔵庫を開け、牛乳を取り出しコップに注ぐ。冷蔵庫を開けたままにして、牛乳を注がれたコップを放置した。
学校に行くと、「朝ごはん今日何食べた?」と学校のスイカみたいな奴が聞いてきた。「その顔は〜、もしかして今日も食べてないの?もお、成長期なんだからちゃんと食べないとダメだよ?いいよ、仕方ないから私のくるぶし食べていいよ。ここ何に使っているのかまったくわかんないんだよねー。ほら、先生もまだだし誰も見てないから今の内、食べて、あーん」
スイカはくるぶしを私の顔の前に差し出す。俺は朝ごはんを食べていない訳でも、食べれない訳でも、食べたい訳でも、食べたくない訳でもない、食べてやらないのだ。朝ごはんの寂しそうな顔、泣きそうな顔、鉄格子に入れられて、ああ笑い転げてしまう。
「宇宙があるのにそんなこと言って恥ずかしくないのか。土をレイプしたような顔して植物はお前のことなんて興味ないですよ?星は隠れて見えないだけで今も光ってるのに、うんざりだよまったく」
俺はくるぶしを激しくしゃぶりながら、ままならない口で舌足らずにこう喋った。罪悪感、劣等感、喪失感、あらゆる負の感情を植え付けているに違いない。
スイカは笑い悶えながら、きゃー、そこそこ、気持ち良い、とか言い、にわかに椅子から転げ落ちた。「ああもう、食欲凄すぎ!私は君のことが好きだけど、付き合うときっと求められすぎて大変ね!でもさっきは私が誘ったんだし、それは私が求められたいってことだし、だとしたら、ええ!朝から深層心理を突きつけないで!きゃあああああああああもうむりいいいいいいい恥ずかしいいいいいいいいいいい見ないでえええええええええ」
スイカは床に転げて何か悶えていた。俺は椅子に座り机の上に向かい、横目でそれを見下ろし、スライムでモンサンミッシェルを作っている。モンサンミッシェルが完成したくてうずうずしており、なんでスライムで作ろうとするんだよと言いたげな表情を浮かべている、俺はその姿に向かって悪口を言う。「作られる側が要望言う時代は終わりましたー、仲間ー、俺だって作られたー、生まれてきたらこの世界でこの体ー、仕方ないー、作られたー、仲間ー、そういうプラスチックみたいな乾いた心だから地球は回ってるのにお前は淀んでるんですー」
俺はそう言い突然手を止めた。何かが過ぎった。立ち上がり教室を出ようとする。スイカが「どこいくの!待って!」と言い、俺は「わからないしわかってたとしてもそれは感覚のことで言葉では伝えられないと思うからキスとかセックスの方が伝わると思うし、今なんか感覚があって、今それが消えてしまわないうちに何か確かめないといけないから、後でちゃんとキスとかセックスとかしたら良いと思うから、まってて」と言いながら教室を出て行った。後半の発言は、教室の外で行われたからほとんど独り言だったが、教室から「うん!」とスイカの透き通った明るい声がして、俺は不本意に微笑み、ふうと小さな溜息をついた。階段を降り、校舎の外に出ると、校門の前に家一軒分くらいの大きさのカラスがいるのを見つけた。カラスが翼をはためかせると、砂埃と桜が舞いながらこちらに迫り、凄い風と共に体中に受けた。俺は風をかき分け取り憑かれたように近づいてゆく。その時だった。
「グァアアアアアアアアアアアアアアアア!」
カラスが声を出し、近隣の家、校舎の窓ガラスが一斉に割れた。俺は耳を咄嗟に抑えたが、掌を見ると血が豪快についており、閉塞されたような感覚から鼓膜が破れたことを理解した。そして俺の足は震えていた。恐怖ではない、武者震いである。物凄い悪口だったのだ。俺という環境では出せなかった。想像できなかった。鼓膜が破れ、最後の音の記憶が脳にこびりついて離れない。何と言ったのか、言葉では伝えられない、感覚的な悪口、この世界の秩序の根源を突き刺すような悪口、俺はふらつきながらカラスが飛び立ってゆくのを見た。大きすぎる黒い影は青空を切り裂くように飛んでいる。俺はあのカラスが見えなくなるまで姿を眺めようとしていたら駄目だと思った。振り返り、校舎を眺める。音のない世界でたしかに騒がしいのを感じた。俺は走って教室に戻り机の下でうずくまっているスイカの手を引いて学校を抜け出した。俺の家に行き、今朝注いだ牛乳を飲んだ。冷蔵庫は涙を流しているように床に水をためていた。スイカはずっと俺に何かを言っているが、何も聞こえない。悪口だろうか。スイカの腕の力に拒絶のオーラはない。俺の今スイカを握っているこの手は悪口だろうか。俺は部屋にスイカを連れ込んで、すぐに畳の上に押し倒した。俺にはベッドもないし布団もない、悪口を欠かしていないからだ。覆い被さり首を曲げてキスをする。悪口を合わせながら、丁寧に制服を脱がせる。全てを脱がせた時、スイカの体に透明な部分をみつけた。へその右斜めのあたりに鉄パイプの穴くらいの透明部分があった。透けて畳が見えていた。俺は当たり前のように服を脱ぎ、勃起した性器をその透明に入れた。無音の中でたしかに音が聞こえた。教室で過ぎったあの感覚に包まれた。俺はこれを探していただけなのか。あの時既にこの未来は決定していたのか。腰を動かし、声が漏れる。伝わるだろうか。この感覚がスイカに伝わるだろうか。スイカは不思議そうな顔をして俺を見つめている。俺が射精した後、その透明部分は消えていた。
「なんで、なにお腹にちんこ押し付けて射精してるの?そこがまんこだと思ったの?まんこを外すにしても遠すぎる、性知識がない訳でもないだろうし地図読む練習した方が良いわ。本能で位置当てれる筈なんだけどねー。まあ良いや」
鼓膜はいつの間にか治っていた。本能で位置を当てられる。俺は悪口を言ったのだと思った。あのカラスほどではないけど、たしかに感覚的な悪口を言えた。スイカの腕に首を取られてまた覆い被さりキスをした。性器が硬くなってゆく。今度は素直に性器に入れた。あのカラスのイメージが、スイカの気持ち良さそうな姿に重なる。飛んでいる。冷蔵庫が閉めて欲しいと鳴く声が聞こえる。快楽が持続している。早漏が治っていた。

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