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10/4 メイク

海の冷たさを職場のデスクで感じる練習をしていて、絶え間ない会話やキーボードの音が最近濡れて地面を這って移動しているみたいで、砂と海が擦れる音のようになってきた。目を閉じれば、波の露骨な海が見え、砂浜も体育座りしている私の足も見える。地平線の上に沈んでゆく太陽を眺めていると、足先に届きそうなくらい海が近づいてきていて、驚いて立ち上がる。がっ、て音がして、目を開けると現実でも私は立ち上がっていて、みんなが不思議そうにこちらを見ている。きゅるきゅるとタイヤのついた椅子が後ろへ行くのを感じる。花子さん、どしたの?と会社でイケメンと評判の男が椅子を運びながら尋ねてくる。海が、と私は言った。海?と不思議がり、みんな海ですって〜!とその男は叫んだ。私は何をしてくれたんだ、と怒った。何だ海に行きたいのか、じゃみんなで海に行こうじゃないか、と社長さん。え、と私。良いんですか、と私。みんな海に行きたいと思ってたところなんですよ、とイケメン。車を持っている人が率先して、車を回しに行って、社員が全員乗ることができて、すぐに出発した。5台が並んで、海に向かっている。何だこれは、って思ったところで目が覚めると、家の布団の中で、時刻は12時、遅刻していた。落差あああああ、んぎゅうううううううう、と言って布団に抱きつく。んやだああああああ、と枕をパタパタしてごねる。やだやだやだ、と時刻を見ては反応して、狭い部屋に閉じ込められている感覚が濃くなっていく。着信履歴が12件。あーあ、とおっさんみたいな溜息をつき、仰向けになって身体を流す。再び目を閉じると、まだまだ眠れることに気づく。連絡しようという意思が働いて、そのことに支配を感じて怒りを感じて冷静になった。自分が持ってるものを全て、隣にいる観葉植物にあげた。全身に大きな犬みたいなものが覆い被さるような、身体から生えてきているような毛のもっさりとした感覚を感じて、心地良くなる。全身の細胞の隅々まで存在を確認できて、そのことに重なり合って螺旋状になる、感じだった。いつもと違う身体の起こし方をして鏡を見ると、狼みたいな見た目になってて、四足歩行でゆっくり歩く。足と床のひっつきが夏っぽかった。ドアを鍵を使わずに開け、4階から飛び降りて駅に向かう人々を出来るだけ眺めながら通り過ぎ、森に入っていった。ほっと、鏡の前に座り、化粧を始める。今日はナチュラルメイクにした。

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