マグロ
「シャリを身体に巻きつけられてシャリの上に乗った形で泳いでる養殖マグロがいるらしいよ」
彼女は、我が物顔で雑学を披露している。その顔は、養殖ではない。その話を聴いて僕は、生命を冒涜しているような奇妙な罪悪感を感じたけれど、少し笑ったのも事実だ。マグロがどうなろうとマグロ経済が傷つくだけだし、僕はそれほどマグロが好きな訳でもない。
「水揚げするときは、地面に酢飯をぎっしり引くんだって、そしたらマグロが次々にその酢飯の上に飛び込んでくるらしいよ。その光景は圧巻で、マグロも笑顔ならしいよ。マグロの表情筋じゃ出せないような笑顔を平気でしてくるものだから、漁師さんたちも喜んで、最近はマグロの笑顔に点数を付けてそれを基準に値段を決めてるらしい」
彼女は、まるで自慢話でもするみたいにマグロのことを話す。
「それはマグロの中に潜在的に寿司になろうという欲求があるってこと?」
私はもっと彼女との距離を縮めようと思い尋ねる。
「うーん、そう育てられたのもたしかだけれど、そう育てるとそうなるのだからきっと潜在的にあったんだろうね」
「ふーん、それは何だか虐待を受けた子供みたいだね」
「そう、私たちみたいなんだよね」
彼女は笑う。マグロに見せてやりたい。彼女の表情筋を。素晴らしいよ。完璧だよ。僕も自然と笑う。
「で、そのマグロは美味しいの?」
「無茶苦茶不味いらしい」
僕は背筋はゾワッとして「あの、好きです。付き合って欲しい」と言う。ゾワッに背中を押されることなんてあるんだ。
彼女は少し驚いた顔をする。
「私マグロだよ?」
すしざんまい!と心の中で叫んだ。
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