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ヤ森

お尻の先まで伸びた黒いカミをした女の子が制服を脱いで、少し黒のシミや色んな色のペンの染みがある白パーカーに着替えている。鏡の前に姿、下着は大人っぽく、容姿と心の何かを埋めているような気配で、柔らかくて花のような匂いのしそうなベッドや、至る所にあるぬいぐるみや女の子らしいオブジェは、その女の子の人生の末端にしかないように洗練されていて、そこで、モのようにもモモのようにも漂い実るものは、淡く緩やかに、水玉のカーテンを靡かせながら窓の外へと逃げてまた別の誰かへとゆこうとしながらも、名残惜しくしばらく街灯に絡みついているだろう。茶色く塗られたドアを開けて階段を駆け降りていく、足並みは速い鼓動のような音となり、新しく生まれた波紋が古く寂れた波紋たちと合わさり、Aの心とBの心を螺旋階段としたら、太陽が昇るような優しさが、黄色い屋根の家には染み渡っていた。スイカあるよ、と彼女の母が首を斜め上にあげて音で虹を描くように言う。帰ったら食べるーと、声を伸ばして言いながら彼女はもこもこの靴下を誇張するように玄関へと忙しなく進む。母はシチューを赤い鍋で作っており、調理に使う火の暖かさに何度も救われていた経験そのものを、遠くの山や空との輪郭を見るように伝えていて、おたまで少し掬って啜る味見の時、既に美味しいことを知っていた。がちゃ、と音がして、彼女が白い壁の家を飛び出る時、黒いローファーを履いている。小短い階段を降りて車道にさらに飛び出る時に車に轢かれそうになり、視界が白くなる。その白い先で、あまりにも綺麗な女の人を見る、女の子はこんなに綺麗な人がいるのか、と感動した。インターネットがある時代にである。散々と、この地球上で綺麗と呼ばれる人を見てきて、新しく逸材を見つけた時も、なるほど、というような落ち着きを持ち始めていた時に、感涙した。目を醒ますと、その綺麗な女性が自分を覗き込むように見ていて、悦びと緊張がつま先から頭頂に向かって伸びて、身体を支えられ彼女の腕の中にいることもわかって、犬のようにもっさり毛が生えてしまいたかった。大変なことだと思った。光沢のあるまつげと赤い目と、皮膚の感じと骨の感じと、この排気ガスや食品添加物の蔓延する世界で、こんなに綺麗な姿が現れる筈もないように、何もかも信じられなくなるような顔を見つめ、その表情の少しの動きで全細胞が喜び、全神経を治療されている。さら、と言われ、私はどきりとする。なんで私の名前を何で知ってるの、とさらは声を張って尋ねる。手を口元に持っていき、背中を向けようとしたが、私は思わず抱きついている。女の子と思えるほど柔らかくなく、男にしては丁寧すぎる皮膚だった。どこか懐かしさもあった。彼女は空を見上げる。空は恐ろしく蒼く、宇宙を感じさせない蒼だ。世界の限界がすぐそばでも構わない岐がした。心や脳が変われば、見え方も変わると言うが、こんなにも別世界とは思わなかった。雲たちは弧を描いて、まるで彼女を中心に波紋を描いているように、旋回していた。彼女の顎の窪みに顔を埋めたくなった。あまり時間がない、と彼女は言った。彼女のカミは白く、私のよりずっと長かった。7回折り返して結んであり、毛先はお尻くらいだった。ほら立って、と彼女は言い、私を引き上げると、そのままひとりでに歩いていく。さらは背中を見つめる。街の奥に大きな森が見えた。あの森はあんなにも大きかっただろうか。まるで明日には空を書き換えてしまいそうな風に伸び始めていて、どんどん大きくなっている。彼女は人ではあるが、2メートルくらい身長がある。服も毛皮を継ぎ接ぎにしたようなもので、年季が入っていて、見かけたことのないものだ。靴は履いておらず、コンクリートを粉砕するように足跡がくっきりついている。さらは駆け寄り手を掴む。名前はなんて言うの、とさらは顔をあげて言う。名前はないよ、と言った。さらは森、じゃあヤ森ね、と言った。カタカナのヤに、森でヤ森ね。ヤ森は軽く微笑み、電灯がぎぎーって唸りながら背中で枯れ落ちる。喜んでいるのだと思った。

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