鳥居

その日私は、鳥居を削って飲む運びとなった。鳥居を以前から削って飲みたいと思っていたわけではない。私は、帰宅途中に神社を通り過ぎるものだから、よく喉が渇いたとき手水を飲んで休憩してたのだけど、その日だけは、手水を飲んでいるとき、何故か鳥居が目に入って妙な衝動に駆られたのだ。シソンヌのコントで、パチンコに負けたあと砂利を食ったら、必ず次勝つ人がいるという話を聞いていたからかもしれない。
では、私は何に勝ちたいのか?娘を遊園地に連れて行きたいのだ。鳥居を削って飲んだお父さんとして、娘を喜ばせたいのだ。娘はパパが鳥居を削って飲んだなんて知ったら、幻滅するだろう。しかし私はやる。「パパは、鳥居をくぐるだけの奴らとは違う」というマインドを持って乗るコーヒーカップは、ワイングラスにだってなっちゃうのだから。
私は、かばんから何故か用意されていたヤスリを取り出して、優しく削って、その下に落ちるクズをキャッチするように口を開けて飲んだ。罪悪感を、何倍にも凝縮させためんつゆみたいな形で味わった。神様の憎悪を存分に感じた。だが、ファック神様!私は、神より娘の方が大切なのだ。
「ただいま」
私は家の玄関を開けて、そう言った。
娘が「パパ〜」と言いながら走って迎えに来てくれた。
「おお、娘よ〜!」
私は、娘の名前をど忘れしていた。
娘は私に抱きついてきたので、私はすかさず抱っこした。
「かわいい娘よ〜!」と私は言った。
まだ名前は、思い出せなかった。
そして娘は、私のスーツを嗅ぐ仕草をしたあと、「パパ〜鳥居の匂いする〜」と言った。「また削って飲んだの?」
私は驚くより先にイライラしていた。
「お母さんを呼んできてくれないか?」と私は言って、娘を床に降ろした。
すると娘は、たんと小さな音を立てて床に足をつけたとき、「私がお母さんよ」と言って嫌な目で笑った。
「違うだろ!」と言って私は娘をビンタした。
罪悪感など微塵も湧かなかった。私は、人間として究極に終わったのだと悟った。そして泣きながら床に這いつくばる娘を見たとき、電流が走って娘の名前を思い出した。
「そうか!思い出したぞ娘よ!お前の名前は!パブロ・ディエゴ・ホセ・フランシスコ・デ・パウラ・ファン・ネポムセーノ・マリア・デ・ロス・レメディオス・クリスピン・クリスピアーノ・デ・ラ・サンティシマ・トリニダード・ルイス・イ・ピカソだ!」と私は一語一語丁寧に大きな声で言った。
すると「違うだろ!」と娘に膝蹴りを顔面に入れられ、私は鼻血を垂らしながら、そばにあった靴箱の扉を開けたり締めたりガンガンした。
「あああああああああ!!!!!鳥居やめらんねえ!!!!!」
私が言った感覚なんてもう、全く残っていなかったのだけど、たしかに私の声が聞こえた。

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