お腹を殴ることの危険性

ぶふぉ!

待って?殴ったよね今、お腹。びっくりしすぎて倒置法使っちゃったよ。うわあ、マジあり得ないよ。ほんと何処で聞いたの?殴っていいって。殴っていいなんて誰か言った?それとも自分でなぐってもいいかなぁって判断したの?そりゃあ悪手だよお、ね

ぶふぉ!

ねえ待って?え?喋ってるじゃん。こっちはね、お腹から声出してんの。なのにお腹殴られたら困るくない?わかんない?これ。わかるよね?お腹、ご飯消化したり、いろいろ内臓が詰まってんの。お前の、ちっちゃい脳みそが考えつかないような、神秘的な仕組みがここには詰まっちゃってんの。なのにさ、なんで殴るわけ、ね

ぶふぉ!

はぁはぁ、ねぇだめじゃん。喋ってんじゃん。ほんと作られてんなぁって感じするじゃん?内臓って、神秘的じゃん?水分を貯めるために人の皮ってこんなに厚いわけ。内臓を守ったりしてるわけ。皮を何だと思ってんの君。やばいよ。人間の神秘舐めすぎだよ。もうね、腸は第二の脳って話もあるしさ、君はさ、もう脳殴っちゃってんのよ。それってさ、脳死させようとしてんのと同じなのよ、わか

ぶふぉ!

え、ええ、もうなんで、まだいこうとするの。ずっと喋ってんのに、言い返してこないし、怖えよ。なんでだよ、脈略もないし、神秘的だよ、君はもう、神秘的だよ。わかんないんだもん。何考えてんのか、常識を破るんならよそでやってくれよ。私の、お腹を使わないでおくれ。ああ、もうなんでだよ。痛いよ。何発やられた?これ、やばいって、ね

ぶふぉ!

なんで毎回俺同じ声出すの?ああ、怖えよ。自分も怖えよ。お腹痛いよ。ほらもう姿勢倒れ気味になっちゃってる、これ痛いからだよ。身体が、守ろうとしてんだよ、ほら神秘的だろ?わかるだろう、こんな風に人間は成長するんだぜ?なあ、殴るなよもう、お腹って大事なんだから、ああ、血尿だよもうこれ。最近血尿出来るんだよ俺、な

ぶふぉ!

ああ、いてえ、もうなんか悲しくなってきた。ああ、俺昨日リストラにあってよ。女房にも子供にも逃げられてよ。当然だよな。わかるさ、神秘的なんだもん。ああ、なんか悲しくなってきたよ。ああ、俺泣いてんのか。水分を貯めるための皮なのに、勿体ねえなあ。ああ、身体ってのはよう、頼んで無くてもあるんだよ、心臓は寝てても動いてくれるし、胃は消化してくれるし、俺は幸せものだよほんとうに、お

ぶふぉ!

泣いてんのによく殴れるな君、もう神秘的だよもお。ねえ、たぶんさ血尿出るんだよ、だからさ今日くらいさ、世間に顔向けできないことしてみようと思うんだ、お前みたいにさ、常識を壊してみようと思うんだ。こんな街中でおちんちん出してさ、コンクリートに血尿で字書こうと思うんだ。家で縮こまって絵描いたり曲書いたりするよりよっぽどアートだとは思わねえか?俺は

ぶふぉ!

俺はな、気づいたんだよ。アートってのはさ、この中にあるんだ。ずっと。アートを志してやってるやつなんてのはさ、ただの真似事の自己陶酔なんだよ。結局自分が、感動したものとかに影響を受けてさ、真似てさ、それを集めてさ、オリジナリティって言うんだよ。その中のオリジナリティなんて、そいつの人生のほんの少しが混ざるくらいで、一欠片くらいしかないよ。ほんといやだよ。社会に飲まれて、使われて動かされてる人間ってのはよぉ、ずっと誰にも知られずに死んでくんだ。知ってるなんて言ってるやつは浅いよ。もう、駄目なんだ。人は誰かに見られないと生きていけねんだ。もう俺は誰にも見られてないんだ。見てくれてんのは、殴ってくれるお前くらいなもんだ。俺はよ、今日見てもらおうと思うんだ。本当のアートはよ、こういう掃き溜めにいるやつがやるべきなんだよ。有名になるってのは、ダサいことなんだぜ。見とけよ。変えてやるんだ。

殴り続けた少年の目には涙。
おっさんはおちんちんを出して、放尿を開始した。
少年は、血尿を初めて見たが、おっさんのりんごみたいに真っ赤な血尿を見て、思わず、「濃い」と呟いた。
おっさんは、泣きながら時折うめき声を上げながら、がに股で、人の多いこの道を闊歩し、放尿し続けた。
おっさんが、最後の最後まで尿を振り絞ったあと、萎れたように倒れ込む、そこには、「ありがとう」と赤い字で刻まれていた。
少年は、思わず泣き崩れた。嘲笑や、罵倒や悲鳴、カメラを向ける人たち、走って逃げる人たち、少年の目には、耳には、醜い世界が写っていた。
そして少年は、理解した。人間は沢山いる。自分が、思っているよりもずっと多くいる。おっさんほど可哀想な人がいれば、そのくらい嬉しそうな人もいるだろう。
少年は、おっさんに近付き、お腹を殴った。

ぶふぉ!

おっさんは、今度は血を吐いた。
少年は「ありがとよ」と言って、去った。

おっさんは報われた。

人間にとって真実は、所詮自分の経験にしかない。この世が悲劇が満ちていても、お目にかからなければ、無いのと同じだ。あると思っても、それは想像力の賜物に過ぎない。

不幸な人間よ、その不幸は、君だけのものなのだ。そしてそれを踏みしめて、幸せになるのだ。それは、何よりも美しいものだ。自負して行け。

運よ。運たらしめる価値よ。お前は、少年によって食べられるのだ。少年よ進め、お前の道は、無限にある。そして決して一本の道を進んではいない。お前は、自由だ。

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