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9/14・15

本や日記で、思考を深める方が充実するから、会話や関わりは、賢い人としかしたくなくなる。賢い人といっても、一元的ではなく、個性の方向性によって、違う。そうやって、賢い人・似た方向性で高めてる人と認め合うコミュニティが生まれる。それは賢い人と賢くない人の分断にも繋がる。賢い人は高め合う中でますます賢くなり、賢くない人との差は開いていく。賢い人が賢くない人と関わる理由は、賢くない人が、その賢さを学びたいか、エンターテイメントとして楽しみたいか、になってくる。これが学校やライブなど、商品として価値が出てくる。これは知的生産的な仕事と言える。逆に、技術を賢いと捉えて知的生産的には頭打ちの状態で稼ぐ、多種多様な方向性を持つ人々が集まるコミュニティもある。ここでは、タフな人が多い。苦しいながらも、人間同士の付き合いを尊重して進むことができる人が多い。そしてここでは、分断を調和させる意識も生まれる。知的生産的に生きることを極めていくと、差別意識や拒絶意識や慢心は深まるようになる。そしてコミュニティの外での暮らしは、反応に塗れたものになってくる、そこで多種多様な方向性を持つコミュニティの中で、世渡りのスキルを高めていくことになるか、その方向性も大事だと意識し始める。基本は、小学校とかから社会に向かって段々と、個性のコミュニティ、専門化してくる。けど私は、不登校とか、1人でに知的生産的な面で専門化しようとした、だからこうして友達がいなくて逆転してる。そして世渡り上手なスキルを、総合力のように考えた。多種多様なコミュニティ、の専門性を高めたら良いと考え、その普遍的な部分に調和の意識、タフで世渡り上手な部分が隠れているのでは、と考えた。そしてタフで世渡り上手なスキルが高まっている人ほど、どんな専門分野でもトップになれることを感じた。根本は愛で、知識と行動で、あらゆることへの許容や積極だった。これは波と海の関係にも通ずる。破壊と休息で専門性を高めて差別化を図る意識と、それを全体に還元したり内側から始めようとする意識によって、その全体の部分が鍛えられていく。これは多種多様なアーサナで、一点集中すれば多点集中に入り世界の理までわかる、という瞑想の理論に近い。全体や内側がわかるほど、マス社会に売れるものになる。芸術や研究は、内省するためのメモ用紙のようなもの、日記を書く動機と変わらない、媒体や出会い方はそれぞれだけど、原理は掃除だと思う。ネタ作りにおいて、日記を書く中でアイデアが生まれてくる、累進的なスタイルを取り入れた方が良いのか、図のように考えるべきか、作り方を一つに定めないことは大切か。閃きの構造をマップ化する催眠も作っていきたい。ハーバードの研究が、同じ志を持つ人たちの中で頼り頼られるのが1番幸せと言ってて、わかるし頑張ってるから焦らせないで、となる許容。結局沢山のことに専門的に行くのなら、そういうずるさで差別意識を許容したいのなら、どれか一つを決めて、入りなさい、と思った。緩くても浅くても良いから入りなさい、と思った。ピンネタを増やしてマセキ芸能社に入ろうと思う。芸人の平場に興味がある。排他的な感じ、世渡り上手な総合力の面も感じられるし、そう思えば悪口も言い、抵抗を示すことであえて作品として許容を表現する感じ、カオスにして笑いで全部誤魔化す、それは格好良い。そのシンボル面を見て、言霊が良くないと、タバコや酒はやらんと、苦しみを誤魔化す笑いより、催眠へと促すために緊張を解く笑いをしたい、とそこに入ることを難しく感じていたのだけど、どんな言葉も、許容を含ませれるような意識や心、愛に満ちた身体があるのなら、例えば、死ね、や殺すを言っても、抵抗を感じさせないことができるのでは、と思った。それは可愛かったり、エロかったりする。格好良いままに、健康を高める中で、狂えるのでは、と思った。SMの意識は、男女や生命の積極的な意識の極地にあるもののように思う、そして安心を得て高め合う姿勢の中に生まれると良い。男女や万物のフィールドで接点になり、全体や調和を得ることができる。不安定な時そこで安心感を感じようとする傾向は、自虐的になっていくから、安心感からSMへの流れが大事になってくる。そっちのお笑いをしたい。そういうエネルギーの増大として、お笑いは良いのではと思った。1つに入れば、どんどん入れる。ムドラーのフレーム、固まった、と思う。わかるのうえがあるから、なんとも言えないけど。ムドラーの説明も書いていきたい。これから、所作と催眠を合わせて繋げたりと、沢山あるので、持続的にコツコツやって、これは面白いけれど、果てがないから、ネタも並行して作っていくことになる。このムドラーの要素を、一個YouTubeに上げれたらネタも捗る、どちらが先か、どちらが本心か、ということを考えれば、ムドラーが本心だから。必要な所からコツコツまとめて、ネタもコツコツ作っていくこと、僕にはできるか、できるかもしれないし、できないかもしれない。ネタ作りの催眠や工程をまとめてきてる。まだ、ムドラーの方をやりたくなる。いつになったら、ネタへと進むのか、そこも催眠で作る必要があるから、まだムドラーなのか。催眠、ここまできたので、あと少しっぽい。シンプルに考える方法を学んできた、細かい気づき沢山ある、それを羅列することはウキウキだけど、多いと処理に時間がかかり、動きが鈍くなる。細かい気づきを羅列する理由は、帰納的に考えてコアを見つける目的があるから、そして脳は勝手に想像で補い、答えを出そうとするから、かなり早いうちにコアを見つけた気になる。だから、勘違いや迷いとかが起こる、答えは大事に感じるけど、後回しにする、コアは一生わからないし、わかったとしたらおそらく言葉ではない。脳の壁の話はわかってたけれど、意識操作や思考の巡らせ方にまで、反映させる、となるとわからなかった。情報収集も、コアを出すよりも先に沢山入れて反復すること、反復しやすく情報をまとめること、それしかできなくて、その累進の中に朧げにコアイメージが体得されていく、それが閃きやわかる、という意識な気がする、そしてそれも反復しやすくするためのグループ化に過ぎない気がする。とにかく入れたい情報を入れて、反復しやすくまとめるのが大事で、ムドラーは徹底的にそれをやろうとしている物。

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