良い日

ピーーーー!

僕は、その日、最愛のしずくという女性を交通事故で亡くし、落ち込み、ダークサイドに堕ちつつあった。
しずくは、顔に白い布をかけられ、如何にも死んだ風に、いや死んで、病院のベッドに横たわっていた。
そこに同じくしずくを好きだった男、遠藤くんが走ってやって来た。遠藤くんとは、いわゆる三角関係で、僕は、遠藤くんにいい気はしていない。しずくといるときは、遠藤くんとも仲良くするけれど、二人のときはお互い携帯をいじるような、そんな関係だ。
「しずくー!死なないでー!死なないでー!生きてー!お願いー!」
遠藤くんは、ベッドにすがりつくようにして、そう言う。
「生きてー!元気出してよー!お願いだよー!死んじゃやだよー!ご飯食べいこうよー!」
「もう死んだんだ、それくらいにしとけ…」
と僕は如何にも落ち着いた風に言う。彼は、僕よりもしずくへの愛が深かったと言いたげな風に喚き散らしている。
「生きてー!生きてー!しずくー!お願いー!生きてー!だーめ!元気出してよー!生きて!」
「おい…もう死んだんだよ…」
止まらない遠藤くんに、僕は呆れたように言う。遠藤くんは、まだ僕にマウントを取ろうとしている。
「生きてー!生きて!なんでー?生きないと駄目だよ!生きてたらいっぱいいいことあるよ!」
「やめろよ…もう…」
僕は、少し頬が緩んでいた。遠藤くん、流石にやり過ぎだからだ。
「なんでー?なんでー?生きてよー、生きててってー!んー?駄目だってー!死んじゃだめだよー!」
遠藤くんは、止まらない。
「ぶふっ!やめろって!」
僕はもう、純粋に笑ってしまう。
「だーめ!生きてー!生きないと駄目だよー!んー?だからどうしたいの?ふーん、だーめ!生きて!」
「なんでっ、なんで会話調なんだよ、ぶふっ!」
「もう!見て!」
遠藤くんは、しずくの顔に被さった白い布を取って、そこから鳩を出して、けん玉をし始める。遠藤くんの背中は寂しく、全くふざけようとしてる気配が無い。時折、けん玉が弾ける音に混じって鼻をすする音が聞こえる。泣いているのだろう。そしてその全てが僕のツボに入る。
「ぶふっ!」
「ほら!すごいだろ!生きろよ!生きてたらこんなこと出来るんだぜ!ん?ううん、だーめ!め!生きて!」
「もお!ぶふっ!死んだんだって!」
僕は泣きながら笑って、人生の中で最大のグルーヴを感じて、そう言った。病院で、最愛の女性が死んだ日に、こんなに笑えることあるんだ。
「一緒にご飯食べいこう!奢ってやるから!あれか、やっぱ大豆食うのか!しずくおっぱいおっきいもんな!生きてたらおっぱいもおっきくなるもんな!人間って凄えな!あああああああ!!!!しずくが生きてて良かったあああああああああ!!!」
遠藤くんは、空を仰いで、天に向かって両手でガッツポーズをする。
「ぎゃはははははははは!!!!」
病院に不謹慎な声が鳴り響く。
その日、終戦記念日だった。
平和である。

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