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白い家

いつも通学路の途中で見かける白い家がある。木に囲まれ、その全体像は見えない。水蒸気の朝、何気ない会話が繰り広げられる。公園で何して遊ぶとか、誰々が好きとか。好きな人いるのかと聞かれて、不快になる。赤いランドセルの肩で背負っている部分をよだれが溢れるくらい噛み締め、口をつぐんだ。そんな胸の内のこと、この土を覆う黒い壁の上で言葉にするほど、私は落ちぶれていない。集団はそのまま歩みを進める。その中を漂うように歩きながら、視線の先には白い家がある。漂いながら見える白が、雲みたいと思った。電柱にぶつかる。後ろへ倒れる。わかる。この意識入った時、いつもこうなる。与えられるように、痛い目を見る。ランドセルのクッションで、脳が揺れる。ぐわんぐわん、スローモーション、揺れる白い家。猫と目が会う。痛みとか恐怖。心はもっと、空とか木に作用してたい。草木が風で揺れてる、私に手が届かないみたい。誰からも気づかれず、置いていかれる朧げな視界。楽しそうな笑い声、知らない盛り上がり。目が覚めると、陶器のフレームのベッドの中にいる。レースのカバーをした布団が下瞼まで被さり、お日様の匂いとふかふかに、頭皮が震え上がるような喜び。あたりを見渡せば、全面が白い。光の反射が頬を切りそうなくらいに、白い。眼球の奥に光が溜まり、全身の神経のスピードが上がるような、高揚。絶妙な幅で開けられた窓から注ぎ込む風は、嗅いだことのない香り。様子見よがり立ち上がり、重りが取れたような跳ね上がり、届きそうな天井、嬉しそうな頭頂。お経が上がるように、肩も揺れる。不思議な現実は、安心や緊張という指標を抜けて、野生のパワーだけが、ふらふらと向かう先には白色のドア。ぱっと見、ドアとは見えない、切れ目に影のラインが差し込み、段々と輪郭を表す。この部屋の空気が、ここに住み着く人間の習慣がヒントとなって神経を支え、導いているような、おぼろげな足運び。腕をドアノブに伸ばす、球体を掴む。ゆっくりとねじり、ゆっくりと開く。音がない。歪みがなく、摩擦がない。かけられたレースの向こうに、2人のシルエットが見える。ソファに座り、食い合うようにキスをしている。神様の1日が人間の一生みたいに、いつまでも続いていきそうな気配がした。どちらが女性でどちらが男性なのかわからない、クローンのように似通った体格。服が擦れる音やキスの音が聞こえる。身体を支えている手の支点を変えながら体勢を緩やかに変えてゆく。川のせせらぎに合わせて鳥が歌う、虫が鳴く。森のコミュニケーションみたいに、互いが作品を作り上げているように、どんなエネルギーも余らない。2人の興奮の匂いは、じっと閉じ込められている。エネルギーを無駄に広げるのではなく、静かに練っているような気配。段々と、自分の内側が、2人から広がってゆく。何年も使っていない古びた井戸から黄金の水が溢れ出てくるみたいに。骨盤が揺れに揺れて、魂を振るい出される。空間に自我意識は移り、2人の動きに合わせてあっちこっちに気持ちよく動く。私の身体は、背筋をピンと張り、ペニスを勃起させている。上への勢いが全身から溢れてゆく。この場で最も自然な勢い。抗わないだけで、何もかもを肯定されてゆく。こんなに簡単でよかったのか。言語の拘束が、解放されてゆく時間。泥のように生ぬるい論理、張り札のような文字列が、ぽろぽろ剥がれたり、水に流されたり。顕在意識が私を守ることをやめることを許されてゆく。お腹の力を使って喉の奥から声を出して喘ぎたくなる、そんな耐え難い幸福。快感が神経を遊び回るみたいに、ゆっくり動き回る。子犬のじゃれ合い。トンボの交配。海と空の関係。指の先の感覚、こんなに鮮明に捉えれたことはない。指が指であるだけで、こんなにも豊かな物だったとは、知らなかった。言葉で言い表そうとすれば、嘘になってしまう。こんなに狭い世界で生活していたのか。片方が相手の服に手をかけて爆発した。自分はまだまだ世界が足りない、と思った。私しかいなかったし、私だけが思った。

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