「教える」とは何か
念願のfootbalistaに登録しました。
ずっと風間さんの記事が読みたかったけど有料だったから二の足を踏んでいたんですよね。
で、登録して読んでみました。その中で一つ思いついたこと。
「教える」とはどういうことなのかについて。
一般的に教えるというと「相手が知らないことを指導する」時に使う言葉だと思います。
それで間違いではないと思うんですが、勘違いされやすい言葉だなと思ってたんですね。
下の図だとわかりやすいかなと思うんですが、
多くの人が相手に①を指導することを「教える」だと思っていると思うんです。
それでも間違いではないんだろうけど、ただこれだと理解が正確でない。
その理解の仕方だと人によっては①に寄せすぎてしまうと思うんです。
たとえば営業の人が経理に転職したとしましょう。
で、「〇〇会費」のような仕訳を打つとします。
原則的には諸会費は消費税が不課税だからそう打たないといけない。でも元営業職の人は税務のことは全く知らないから課税仕入れと打ってしまったとしましょう。
「教える」が上の図の認識の人だとおそらく「これは不課税仕入れと打たないといけない」と指導すると思うんです。
つまり自分の認識(①)に寄せて教えたがる。
ただ本来の「教える」は下図のイメージだと思うんです。
実線から点線に広がっていくイメージです。
つまり相手の認識を広げることが目的で、自分の知識に固執する必要はない。
先ほどの例でいうなら元営業職の人は現場を知っているからこう反論できる
「いや、この会費を支払って団体に入ることで顧客の勧誘がスムーズになる。課税売上に寄与しているからこれは課税仕入れでいいんです」
ただ元営業職の人は税務を知らないから経理の人にそう教えられたら「はい」といって従うしかない。
でも教える側が本来の認識を持てていれば「どう考えてこの仕訳を打ったのか」「実態はわからないから聞いてみるか」などとそのあたりを考慮することができる。
ハウツー本で言うところの「まずは相手の言うことをしっかり聞きましょう」的な対応が自然ととれるわけです。
で、営業職の人からそう言う話を聞いて経理の人もまた新たな知識を得ることができるわけです。
これがハウツー本で言うところの「相手に教えることで自分の利益になる」です。
(言葉は違うでしょうがきっとこんなことが書いてあるハウツー本はごまんとあるはずです。)
このように正しい認識を持っていれば正しい行動は自然ととれる。
ただ上はあくまでイメージなので人によっては腑に落ちないでしょう。
だからハウツー本は言葉に落とし込んでいる。
ただそれでもイメージで理解できるならイメージで理解した方が得るものは大きい気もします。
というわけで「教える」という言葉の意味するところについてうまくイメージにできたので備忘でした。
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