11年ぶりに泣いてしまった

 もう未来永劫泣くことはないだろうなとうっすら思っていたのでびっくりした。多分最後に涙を流して泣いたのは19歳の時だったはずだから、実に11年ぶりだ。きっかけは実に他愛のないもので、中学の時の友人と食事に行ったことだ。Sと最後にあったのは24の時だから、6年ぶりということになる。中3の時のクラスメイトだ。私の人生で最も幸福な1年間だった。
 私は皆が好きだったし、S含む数人のクラスメイトを大いに尊敬していた。好きな女の子もいた。皆も私が好きだったし、尊敬もされていたと思う。少なくとも私の記憶の上では。

 Sから誘いを受けた時にまず考えたのは、身の上についてはあまり語るまいということだった。地元はあまり治安のよい地域ではなかったし、Sは友達を大事にする方だから、金を稼いでいるというとうわさが広まるとトラブルにつながりかねないと思った。万が一の可能性だが、余計なことはしないほうが良い。適当に仕事の話をして、Sの家庭の話や噂話でお茶を濁そうと、そう考えていたのだが、店についてじかに声を聴いたらもう駄目だった。よっぽどダメなこと以外は洗いざらいぶちまけてしまった。
 サラリーマンが務まらなかったこと、今は何とか働いてること、金を稼いだこと、金儲けに飽きたこと、色んな女と遊んでみたこと、友達と事業を始めようとしていること、自分の人生が失敗しかけていると思うこと。
 醜態を演じている自覚で話の間は始終胸がドキドキしたが、Sはずっと愉快気な表情で聞いていた。

 思えば学生の時からそういう性格だった。4人兄弟の一番上で面倒見がよかった。団地に大家族で狭苦しく暮らしていた。サッカー部でファッションに詳しかった。女子にモテた。弟たちの相手をするせいか妙にゲームが好きだった。ダボダボの服が好きで、体格が良いのでよく似合った。勉強のできる方ではなかったが、万事しっかりしていた。地元中堅高校から地元の中堅大学に入り、NTTに就職した。長く付き合った彼女と27の時に結婚した。身の上話1つ1つにに深い納得感があって何を聞いても面白い。要するに、われわれはかなり友達で、お互いの本当のところをよく知り合っていたのだ。「友達」という言葉では不足を感じるくらいの友達だった。

 Sの感想も、お前変わんねーなというものだった。
 中学の時から変わってたもんな。頭良かったし学年1変人だったし、人の下でなんかやるって感じじゃなかった。やっぱスゲーよお前。

 違うんだ。馬鹿だからこんな感じになっちゃったんだよ。君の方がよほど賢い。安定感が違う。昔からそうだった。尊敬してる。

 尊敬?
 かつては私にも尊敬する友人がいたのだ。それも複数いた。懐かしい感覚だった。今ではだれも尊敬などしていない。大抵のことは一人でやってきたし、それも人よりうまくできた。できないやつをみると苛立ちと嘲りが自然と浮かんでくる。
 大人というのは、お互いにはらわたまでは見せないものなのだ。せいぜいわかるのは金があるとか容姿がいいとか、どこの大学でてどこに勤めているかとか、そんな履歴書程度の情報だけだ。知りもしないやつをどうして尊敬できるだろうか?
 尊敬されるのも不愉快だ。テメェに何がわかるんだと怒鳴りつけたくなる。ナメられると殺したくなるが、過大評価されるのは気味が悪い。

 お前が来るって言えばみんな集まるよ。企画するから参加しろよ。といってSは帰っていった。どうやったものか会計を勝手に済ませてくれていたおかげで、実にスマートな退店だった。昔からスマートな男なのだ。そういえば人におごってもらうのも数年ぶりだった。金が積もると人におごってもらったりできなくなる。

 そうして別れて電車に乗って、家に帰って布団の上に座ったら、まぁまぁしっかり泣いてしまった。大の男がやることではない。自分で自分にドン引きである。

 私にも本当の友達がいたのだ。私自身がぶち壊してしまった。状況がどんどん悪くなって、バツが悪いのでどんどん疎遠にした。恐らくは私の状況に関わらず好きでいてくれたはずの友達だったのだが。

 じゃあ金がツモりだしたら顔を出せばよかったのか。それもダメだ。自分を大きく見せたいわけではないのだ。そんなことは絶対にしたくない。
 そもそも、昔の私と今の私に人格の連続性があるだろうか。金儲けや孤独でずいぶん苛烈な方向に歪んでしまった気がする。変ってないとSは言ってくれたが、そんなことは自分ではわからない。どんどん転がり落ちている感覚だけがある。しかしそう言ってくれるだけでずいぶん救われた。錆びた地金がばれる前にSをホルマリン漬けにしたいくらいだった。思い出は美しいまま保管してほしい。

 てかやっぱこれ心のビョーキじゃねーかな?どう思いますか?分離不安障害への過剰適応的なやつ。ガキの時にやたら転勤が多かったせいだと思う。あーこえぇマジで。

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