友達が死んだ/奥多摩旅行記

 友人が死んだ。練炭自殺、享年23。私と旅行に出かけた4日後のことだった。
 
 交通事故を起こして電柱をへし折ったり(同乗していた女の子の腰骨もへし折れた)付き合ってる女の子を殴って警察を呼ばれたり、色々と問題の多い男だった。愛想を尽かして付き合いを辞めるものもたくさんいたし、私が彼と遊ぶのを快く思わないものもいた。
 だから、「何であんなやつと付き合うんですか」と聞かれるといつも考え込んでしまった。たしかにあいつむちゃくちゃだよなぁ。
 毎度考え込んで、その都度同じ答えに行き着いてこう答えていた。あいつと遊ぶの、かなり楽しいんだよね。
 今回の旅行もすごく楽しかった。そのことを思うととても悲しい。楽しかったせいで悲しいというのも妙なものだ。貴重なものが永久に失われた。2万光年のひとり銀河旅行をしている気持ちになる。
 
 「明日奥多摩行きませんか?」という電話がKからかかってきたのは、水曜夜7時のことだった。せめて1週間前とかに誘ってほしい。私が土日休みのサラリーマンだと知っているはずなんだけど。
 ひとまず電話を切って、Yに電話を掛けた。この男はKに無理矢理自宅に住み着かれてノイローゼになった過去があって、それでもうすっかりKとの交流を断っていた。
 いい仲直りの機会かと思って声をかけたのだが、Yは即座に断った。「たわばさんも行かない方がいいですよ」にべもない感じだった。「たかられますよきっと」
 これは頭にきた。Kはめちゃくちゃな男だったが、私にたかったりしたことはない。ムカムカしながら電話を切る。はぐれものには何を言っても良いと思っていやがる。
 不思議なもので、逆に行く気になっていた。私は天邪鬼なのだ。会社には体調不良と言っておけばよい。
 かくして奥多摩旅行が決定した。Kの彼女のMちゃんも来るらしい。Kが自死する5日前のことだった。

 奥多摩の風景は美しかった。夜から台風が来る予報だったが、空は青く晴れて、山の緑と見事なコントラストだった。車内ではKの好きな平成初期のポップスが流れていて、それを歌ったり山の景色を見ていると、夢の国にいるような気がした。
 「トトロとか出そうじゃねぇ?」といってメイちゃんの台詞を叫んでいると(あなた、トトロっていうのね!)、Kは「たわばさんって本当に頭がおかしいですね」といって笑っていた。Mちゃんも笑っていた。Kと付き合っているせいで様子のおかしい男には慣れっこなのだ。友達は頭がおかしいやつに限る。何をしてもヘラヘラしていてくれるから。

 山頂近くの鍾乳洞は人でごった返していた。世の中暇なやつが多い。洞の中は急勾配で、サンダルを履いてきたMちゃんは歩きづらそうだったが、Kは何度もそれを責めた。好きな子に意地悪をしたくなるアレなのだろうが、ちょっとモラハラ入ってたので何度か注意して止めた。これは結構楽しかった。私も普段は注意をされることの方が圧倒的に多いので、人に道徳的な注意をしているとお兄さんになったような気がした。
 まぁでも私の道徳感情も大概ガバガバなので、だんだんどうでも良くなってきた。大体好き合って一緒にいるのだし、どういう付き合いをしようと勝手ではないか。友達を突然旅行に誘ったり、恋人に意地悪を言ってみたりというのはKなりの愛情表現なのだ。本当にしょうもないけど。
 
 鍾乳洞を出たら帰るものだとばかり思っていたが、Kは湖を見に行きたいと言い出した。湖の見えるところでギターを弾いて歌いたいらしい。欲望には色んな形がある。
 Mちゃんは申し訳なさそうにしていたが、私はむしろ望むところだった。好きな音楽を流しながら山道をぶっ飛ばすのはとても楽しい。美しい景色がどんどん流れ去っていく。
Kにはストレスがたまると仕事もなにも放り出して北海道やら長野やらへ遠征に行く癖があった。毎度呆れていたのだが、今やその気持ちが理解できた。Kにとってはそれより価値のあるものなど無かったのだろう。それほどやりたいことに真っ直ぐになることは私にはできないことで、眩しい感じがした。

 色んな湖を見て回ったが、Kにはどこも気に入らないようだった。有名な湖は観光客でごった返していて、歌うのは恥ずかしいというのが彼の主張だった。変なところで気が小さい。
 後部座席で寝っ転がりながら、まだぁ?まだぁ?と聞いていると、子供の頃に両親に連れられて旅行に行ったときとおんなじ感じがした。実家のような安心感。私はKよりもずいぶん年かさなのだけど。

 結局人気の無い湖を探して、山梨まで行くことになった。Mちゃんはずいぶん申し訳なさそうだった。「でもKはギターを担いで4kmも歩いたんですよ、たわばさんと歌いたくて」とかなんとか言い訳をしていて、誠にいじらしい。Kがいじめたくなるのもちょっとわかる。キュートアグレッションという奴かもしれない。

 山梨といえば富士山だということで、Kとフジファブリックを歌った。その後はMちゃんを混ぜて、ジブリの歌を歌ったり「ヤッホー」してこだまを聞いたりした。
 もう空は暗くなって、台風の到来を予告するバカでかい雲が近づいていた。人気の無い湖で一生懸命歌っているとだんだん現実感がなくなってくる。やっぱりコイツと遊ぶと超おもしれぇなと思った。
 一から十まで意味のわからない旅行だったが、ハワイで一流コンシェルジュにサービスしてもらうより、Kに突然連れ回される方がずっと良い。ハワイ行ったことないけど。

 帰りはほとんど寝ていて、気がついたら家の前にいた。夜11時。朝9時からずっと運転していたはずのKはまだ遊びたがったが、大人の冷たさで断って車を降りる。
 楽しかった、また行こうな、と言いかけて、結局飲み込んだ。仲良くしすぎると毎日無限に電話をしてくる男なのだ。
 KとMちゃんがうまく続くかもわからなかった。良いコンビだと思ったがいわゆる理想のカップルとは違うし、それは私がどうこうできる類の問題ではない。
 結局それがKと話した最後の場面となった。
 
 その後、寂しくなったKは遊んでくれそうな人間に片端から連絡を取り、その過程でちんぴらとの諍いを生じ、頭にきてMちゃんと喧嘩をして、ショック状態になって4日後に練炭を炊いた。死ぬときまで意味のわからないスピード感がある。
 
 私は遺品でギターのピックをもらって、それから毎日ギターの練習をしている。2,3時間ぶっ続けで練習しているとフッとKに会いたいなぁと思う瞬間が来て、その瞬間が好きだ。

(謎の湖で歌うところ:写真撮らなさすぎて旅行の記録がコレしかない。Kはすごく良い声をしている)

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