広すぎた部屋/ぬいぐるみの柔らかさ

 新居にきてからどうも精神状態が良くない。引っ越しの疲れからだと考えて、睡眠を多めにとったり精の付く食事をとったりしたのだが、一向に回復しない。原因をあれこれ考えてみたところ、ようやくそれらしいものにいきついた。部屋が広すぎるのだ。

 10畳の部屋から16畳の部屋に越してきたわけだが、家賃が20万もするだけあってウォークインクローゼットやらシューズインクローゼットやら収納がむやみに充実しており、居住スペースが2倍ほどの広さになった。これが良くなかったらしい。

 部屋でしゃがんでいるうちに寂寥感に襲われることは前からあったが、広さのせいで症状が悪化してしまった。冷静に考えて男の一人暮らしに16畳は広すぎる。30人程度の小中学校の教室の広さの半分弱ということで、要するに十数人は収容できるスペースに一人でいるわけだ。感情の浸透圧が圧倒的だった。

 シューズインクローゼットで過ごしてみたりしたのだが、あまり効果はない。というかわざわざクローゼットにこもるのは良くない。変な人みたいではないか。
 荷物をほどいたらポケモンのぬいぐるみが6体分入っていたので、飾ってみることにした。オーダイルとバンギラス、クロバット、ハピナス、デンリュー、ルギア。引っ越しがなければ永久に押し入れにしまったままだったろう。前に付き合っていた子とサンシャインのポケモンセンターに行って買ったやつだ。私自身はポケモンなんか1ミリも好きではないのだが。

 かなりしっかりしているくせにぬいぐるみが好きな子で、部屋を訪ねると洋服棚の上に多種多様なキャラクターが脈絡なく積んであった。あるいは何らかのテーマに沿った配置だったのに、私には理解できなかったということかもしれないが。
 
 寂しいときは抱いて寝たりしてたの、あと話しかけたりも時々、という打ち明け話を聞いたときは、ちゃかしながらも(君23だろ?メンクリ行っとく?)内心うれしかった。好きな人のぶっ壊れた部分が見えるとかなり安心する。同類という気がするので。

 実際にぬいぐるみを枕元に並べるみると、パッと明るくなった感じがした。寝そべるときに肩やおなかの下に敷いてみたりすると、何もないよりずっと良い。なるほどこういう感じね、と1人納得していたのだが、1時間ほどするとハチャメチャな嫌悪感がこみあげてきて耳元のハピナスを壁にぶん投げてしまった。ポスンと音がして床に転がったハピナスが天下泰平で微笑んでいる。クソッ、ナメやがって。

 これでは完全に異常者ではないか?第一私は23歳女性ですらない、30歳男性なのだ。ぬいぐるみでバブバブしてたら完全にメンクリ案件である。クローゼットにこもるのと大差ない。

 そもそも、購入時に最悪の思いをした品でもあった。

 プレゼントするつもりでポケモンセンターに寄ったら、自分のを買いなよと言ってくれたのだ。そういう気の使い方をする子だった。1番好きなポケモンを買うように言われたが、何しろ1ミリも興味がないので好きも嫌いもない。しょうがないから半分ジョークのつもりで、子供のころパーティーに入れていたポケモンを全部買ってしまった。全部で1万くらいだったと思う。
 手洗いから帰ってきた彼女に見せると、呆れと混乱と怒りがないまぜになった視線を頂戴した。異星人を見るような眼。私が何か奇矯なふるまいをするとよくやられた。大嫌いなやつだった。究極的にはこれが原因で別れた気がする。

「なんでそんなに買ったの?」
「好きなやつとか言われてもよくわかんないからさ、当時のパーティーを再現した」
「だってたわばさん、ポケモン好きじゃないでしょう?無駄じゃない!?」
 普段だったらそこで私が謝るかなんかして終わったのだが、その日はたまたま我慢ができなかった。
「Oちゃん的には大金なんだね。悪い。知らなかった」

 向こうがひるんだのがわかって、それでその日はなにもかもおしまいになった。Oちゃんにはちょっと言い返されるととすぐに気持ちが折れてしまうようなところがあった。口うるさくて、「私たわばさんのおかあさんみたい」というのが口癖だったが、ちょっと学歴とか給料とかにコンプレックスがある人に見えた。だから私もそんなこというべきじゃなかったのだ。

 ぬいぐるみを買った時と同様、広い家に越したことにも特に深い理由はなかった。これまで10万ちょいのところを住処にしていたので、なんとなく家賃を倍にしてみただけだ。買い物下手にもほどがある。
 うまくいかないことが続くと、Oちゃんにあの眼で見られた時のような違和感が膨れ上がってくる。まともな行動が何一つとれないという自嘲的な感情。

 まぁやってしまったことはしょうがない。
 せめて正気を保つためにぬいぐるみを片付けて孤独に耐えることだ。もっとも、Oちゃんはぬいぐるみを抱いて寝ようがまともな人なのに、私はぬいぐるみの有無に関わらず変人である。この辺の差ってのはどうも埋まらないものらしい。本当にひどい話だ。

 小型犬でも飼えばよいかと思ったが、骨も臓器もある生き物をうっかりハピナスのように投げ飛ばしてしまったら、ゴツンベチグチャとなって一生モノのトラウマを抱えることになる。こんなバカな金の使い方はない。

 なるほどぬいぐるみって壁にぶん投げてもゴキゲンだから最高だねって感じだけど、多分Oちゃんにこんな話をしたらまた例のあの眼で見られるのだろう。
 トラウマの克服のためにOちゃん型のぬいぐるみをオーダーメイドしてぶん投げようかしら?ぬいぐるみは何をしても傷まないからそんなに悪いことではない気がする。なんだかどんどんサイコな方向に行くようである。まずい金の使い方をした。まずい使い方ばかりしている。

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