海洋堂創世記外伝 その壱

『海洋堂創世記』には、全体のバランスの関係で書けなかったことや、枚数の都合でカットした部分がありまして、面白い話もけっこうあるので、ここで公開することにしました。

まず第1話は「ペットボトルのアルコール」の話。これは僕しか知らない。龍ちゃんとシゲちゃんには話したけど、二人ともたぶん覚えてないから、文字通りの秘話だ。

渋谷の道玄坂を登りきって右の曲がったところにあった「海洋堂 渋谷ホビーロビー」での話。ここのオープン直前に、センム、シゲちゃん、僕の3人で何日も泊まり込み、バタバタと店内を飾り付けて開店日を迎えた話は『創世記』に詳しく書きました。

で、オープンから数カ月後だったと思う、僕がまた、渋谷に来ていた時の話だ。

その頃には、東京のスタッフも何人か定着した人がいて、大阪からたまに来る僕たちとも、まあ普通に交流していた。ちなみに大阪と同じく男ばっかりだった。オシャレな渋谷のオシャレなスペースで、むさ苦しい男たちが接客しているわけです。接客も上手いとはいえなかった。それを考えると、今の秋葉原ホビーロビーは夢の様な空間でございます。あと、海洋堂の大阪スタッフは、センムを筆頭に強烈な個性の塊が多かったので、東京スタッフの中には、大阪スタッフに対して、ちょっと引いてる人もいたと思う。

渋谷ホビーロビーには、小さな炊事場というか給湯スペースがあった。何も出せないけど、お茶ぐらいは淹れられますよ、という感じ。

久しぶりに東京に来た僕が、その給湯スペースに入ると、床に飲みかけのペットボトルが置いてあった。1,5リットルの紅茶で半分ほど減っている。紅茶は糖分ありのストレートタイプだった。いつから、ここにあるのだろう。何となく不衛生でよろしくない。

僕は、そのペットボトルを、ギャラリーの店長をしていた龍ちゃん、石田龍太郎に見せた。龍ちゃんは、海洋堂とは、それこそガレージキット創世記からの付き合いで、ギャラリーが茅場町にあった頃からの責任者だ。物凄く太っており、天然パーマでメガネをかけていた。人間というのは、あまりにも太ると、皆似たような顔に見えてしまう。というわけで、同じく太ったメガネの田熊勝夫と龍ちゃんは見た目がそっくりだった。龍ちゃんの妹さんが、田熊君を一目見た瞬間、笑いが止まらなくなったという伝説があるくらいだ。龍ちゃんと田熊君を見分ける方法は一つしかなくて、それは両者のサイズだった。デカいのが田熊勝夫で、もっとデカいのが石田龍太郎。

この日も、龍ちゃんはデカかった。

「龍ちゃん、この紅茶って誰のですかね、わかります?」

「あー、炊事場にあったの?誰のかわかんないなぁ」

「いつからあったの?」

「うーん、何日か前から、そのまんまだと思う」

「うわ、不衛生やな。捨てていいですかね?」

「うん、大丈夫」

それで、流しに捨てることにしたのだが、ペットボトルの蓋を緩めた瞬間、恐るべきことが起きた。シューッと音がして、ボトルの中が激しく泡立ち吹きこぼれそうになったのだ。それと同時にボトルの口からは濃厚なアルコールの匂いがした。紅茶の匂いとアルコールが交じり合って、まるで高級ブランデーのような馥郁たる香りだった。飲んだら美味そうなのだ。とはいえ、恐ろしいので全部流して捨てた。恐らく、そのペットボトルは誰かが直接口をつけて飲んでいたのだろう。それで唾液に含まれる細菌と紅茶の中の糖分が反応して発酵し、アルコールが発生したのだろう。

その話をシゲちゃんにしてみた。

「ほう、科学の実験みたいやな」

「猿酒みたいなもんやと思うけど、アルコールってああやって出来るんやね、驚いたわ」

「それはそうとな、この間、夜明けの道玄坂を歩いてたらな。歩道の上に鳩が集まってたんだよ」

「はあ?」

「で、近寄ってみたらな、誰かのゲロがアスファルトの上に広がってて、その中の米粒を鳩がついばんでるんやね」

「うわ、イヤな話…」

「カラスならわかるけど、平和の象徴の鳩ってところがなんかイヤやろ」

「なんでそんな話をわざわざ俺に聞かせるんよ」

「いや、お前が臭そうな話するから」

「臭そうて、こっちはアルコールやから、ゲロとは違うやろ」

「似たようなもんだろ」

というわけで、今でも渋谷を歩いている時に、路上に撒き散らされた酔っぱらいのゲロを見つけると、妙に嬉しそうな顔でイヤな話をするシゲちゃんを思い出すのです。

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