記事一覧
【第2話】ラスボスの子
九月のある日。予報通り、台風が接近していて、ぼくはうんざりした。教室は薄暗くなり、まだお昼だというのに照明はすべて全力を出している。こんなことは滅多にない。
台風のときの独特の空気、非日常感を、クラスメイト達は存分に楽しんでいる。男の子たちは雷や強風にびっくりしながらも、いかに平気さを振舞うかにおいて勝負をかけている。反対に、女の子たちはいかに怯えているかにおいて勝負をかけているらしい。
担
【第1話】ラスボスの子
ぼくはときどき自分のことをクソださいと思う。ぼくはこの世界のラスボスの子どもなのに、あんなことで怒るなんて。
その日は授業参観で発表するための「感謝の手紙」を書いていた。学校という場に来て早々、こんなことをやらされるなんて。まったく、村人という奴らはくだらないことをしている。魔城に住んでいた頃にはこんなこと考えられなかったよ。
あいつらのペンを走らせるいくつもの音は、ひそひそと教室の端々で内
過剰の自意識(原作:中井正一「過剰の意識」)
二時間程度デスクに向かったが、そのあいだタイピングをする手は全然動いてくれなかった。原稿の締め切りは近いのに、何のアイデアも浮かばない。首の骨を鳴らすと着ている服が臭いことに気づき、汗くさい服で煮詰まったカゴを持ってアパートを出た。
自宅に洗濯機が欲しい、とコインランドリーの洗濯機を前にして思う。なぜおれがわざわざコインランドリーまで来て、洗濯機を回す必要があるのか。
洗濯機も部屋に置けない
【短編】あなたが好きだと言ったそれに僕はなりたい【最終話】
「ただいま」
引き戸をひくと、漂ってきたのはカレーの匂い。キッチンの大鍋を覗いてみると、具沢山のさらさらなカレーが、深さ知れず、火にかけられていた。この後、僕の皿にはなみなみと盛られて、おかわりは? と訊かれるだろう。僕は大丈夫、とこたえて、家族の会話は一度止まる。間を埋めるのはたいていテレビのニュース、幾度も持ち上げられては据え置かれる食器の重み。
居間のほうに見慣れないシャツがかかっていて
【短編】あなたが好きだと言ったそれに僕はなりたい【第二話】
放課後は、鋭く高鳴る。一番聴覚が敏感になるような時間。見えなくても、触れなくても、十分に感じられて、ひどく気分が沈む。何かが僕らにもあるかもしれないと思い、なんとなく帰宅部は学校に残る。
けれど、たいていそこには何もなくて、いつでも何かが起こっても良いようにその時を待つ。そのための無為なおしゃべりは、たまに迷子になったりして、その隙間を埋めるために、必死に言葉を探す。
僕はそうはならない。そ
【短編】あなたが好きだと言ったそれに僕はなりたい【第一話】
揺れている。左右か、上下か、そのどちらかに、その両方に
いつもの、ひどい家鳴りだと思ったけれど、違った。感じるのは音だけではなくて、身体が振動に乗っているのがわかる。よく知りもしないのにきちんと恐怖のメロディが枕元で流れている。手を伸ばして布団を探索するが、掴めるのは柔らかいところだけ。
くっついた瞼の隙間から影がぼんやり。白い頭。黒い腕。叔父が僕の顔を覗き込んでいる様子が僅かにみえる。