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本当の「九品寺町」を作りたい―お寺と園を中心とした新しい地域づくり

いわき駅から北に10分ほど歩くと、認定こども園として2年目を迎える「九品寺(くほんじ)こども園」の全面ガラス張りの開放的な園舎が見えてきます。道路を挟んだ向かい側には、こども園の母体である「九品寺」、そしてお葬式などを執り行う会館、企業主導型保育園などが並びます。

「九品寺こども園」の園長、そして母体である「九品寺」の副住職を務める遠藤弘道さんに、お寺と園と地域とを繋げるためのこれまでの取り組み、そして今後のビジョンについてお伺いしました。

<タタキアゲジャパン公式サイトアーカイブ>
本記事は、タタキアゲジャパン公式サイトに掲載されていたものです。
肩書・内容は掲載当時のものとなります。


フランス文学科からお寺の副住職への道のり

福島県いわき市にある浄土宗のお寺「九品寺」で生まれ育った遠藤さん。現在は、九品寺、専称寺(せんしょうじ)という2つのお寺の副住職を務めるだけでなく、明照学園の専務理事として、「九品寺こども園」、企業主導型保育園「くほんじナーサリー」、「九品寺附属平窪幼稚園・くほんじひらくぼ保育園」、そして2つの学童を経営しています。今春から学童の数はなんと4か所に増えるそう。さらに、これらのこども園・幼稚園・保育園の園長も務めています。

今でこそマルチに活躍される遠藤さんですが、高校卒業後、東京の大学に進学した際には、特段やりたいことがあったわけではなく、「とりあえず」東京の大学に進学したそうです。

「実家はお寺でしたが、僕は次男だったため、お寺を継ぐということは意識せず、『やっぱ東京だろう』という気持ちで上京しました。第一志望の大学は残念ながら不合格で、その他合格した大学の中から「フランス文学科」を選びました。フランス文学科は100人中90人が女子という環境でした。高校が男子校だったので、『女子が多いのいいな』という単純な動機もありましたが、入学してみたら、肩身が狭くて、逆に居場所がなくなりました(笑)」

その後、東京で就職活動をしましたが、当時は就職氷河期で全く内定が決まらなかったといいます。

「ちょうどその頃、7歳上の兄がお寺を継がなそうだな、という雰囲気がありました。父が体調を崩していたということもあり、『ちょっと仏教を勉強してみるかな』ということで、卒業後に浄土宗の資格をとれる大正大学の3年生に編入。2年間勉強して、いわきに戻ってきました。そこからは父のもとでお寺のことをやらせてもらって、3年ほど経ってから、園の経営にも関わるようになりました。戻ってきた頃は園に関わるつもりはなかったのですが、今は多面的に色々なことを見ることができるので、お寺と園、両方関わることができてよかったと思っています」

園長に就任してから5年間での改革

こども園の扉をあけて園内に進むと、まず正面に見えるのがお地蔵さん。開園当初からあるもので、常に子どもたちの安全を見守ってくださる存在だそう。園の教育の根底には、仏教があり、涅槃会(ねはんえ)や花まつりなど仏教の行事の際には、園児たちも本堂にお参りにいき、お釈迦様の教えを学びます。

「当園では、総合教育コースのほかに、2002年から英語専門のインターナショナルコースを開設しています。英語を身につけることはもちろん大事ですが、日本文化をしっかり理解して、国際社会に出たときにそれを誇りに思えるような子どもになってほしいというのがもう一つの狙いでもあります。根底には仏教を基盤とした教育・保育があり、その上で英語や総合教育などを学ぶというイメージです」

遠藤さんが「九品寺附属幼稚園(現・九品寺こども園)」、「九品寺附属平窪幼稚園・くほんじひらくぼ保育園」の園長を務めるようになったのは2015年のこと。これまでの5年間で組織の体制や職員の働き方など様々な面で改革をしてきました。

「もともと認可外だった事業を2つ認可事業にして、新しい施設を建てました。職員数も5年前には30名ほどだったのが今はグループ全体で3倍くらいになり、地域の雇用は増やせたのかなというところがあります。あとは働きやすさですね。時代も変わってきていますので、職員のための保育所を作り、保育士さんがキャリアを選択できる多様な働き方ができるようにしました。まだまだ道半ばですが、少しずつ改善しています。また、多様な人材を受け入れることも意識しています。給食室や法人本部、管理部門も作りました」

ハードとソフト、両面から地域と繋がるには

その中でも一番大きな改革は、「九品寺こども園」の校舎の建て替えでした。幼保連携型の認定こども園として新たなスタートを切るにあたり、2018年3月に刷新された新園舎。どのような思いでこの園舎を建てられたのでしょうか。

「こども園を建て替えた背景には、国の制度改革がありました。これまでの幼稚園と保育所という枠組みを超えて、同じ就学前施設として一体的に捉えた『幼保一体化』が推進されています。うちも、もともと幼稚園と認可外保育施設を併設していたので、形態としては認定こども園のような形をとっていました。ただ、それを最適化できていなかった。これから少子化になっていくなかでの教育や経営を考えると、認定こども園にする必要がある。そのタイミングで老朽化していた園舎を建て替えることにしました」

九品寺こども園提供

同年、グッドデザイン賞を受賞した新園舎は、独立した4棟が大屋根や外周デッキ、スロープなどでつながった開放的なデザイン。子どもたちが遊びまわる様子を、園の外側からも感じることができます。建て替えのコンセプトには、お寺を母体とする園だからこそのこだわりがありました。

「お寺を母体とするこども園なので、お寺同様、地域と繋がる園にしたいという思いがありました。そこで、地域との壁がない園舎を作ろうというコンセプトで外観をこのように開放的にしました。当園は、昭和初期の農繁期に、地域のお子さんを寺内でお預かりしていた季節託児所が前身です。お寺は地域のコミュニティを支えるものであり、そのお寺が母体となっているのであれば、そういう歴史的なものもしっかりと踏襲していかないといけない、少子高齢化になり人口も減っていく中で、地域とのつながりはより密にしていかないといけないと思っています」

ハード面だけではなく、いわき芸術文化交流館アリオスと協働で音楽会を開催したり、まちづくり団体と協働で、子どもたちが遊んで学べる防災プロジェクトを実施したりするなど、ソフト面からも地域と繋がる活動に取り組んでいます。

地域実践型インターンや浜魂を活用―地域との連携を強化するための広報活動

遠藤さんは、地域とつながるためのフックとして、「地域実践型インターンシップ」や「浜魂」など、タタキアゲジャパンの提供する様々なプログラムを活用しています。

2018年夏には、タタキアゲジャパンのコーディネートする地域実践型インターンシップを利用し、「地域の中で選ばれるこども園になるために、働きたくなる広報ツールを制作せよ!」というテーマで九品寺こども園で1ヶ月間、インターン生2名を受け入れました。

「当時は、こども園を建て替えて1年目の夏。世間的にも保育士不足という課題がありましたし、我々としても、学生をどうやって取り込んでいくかという課題がありました。同じ学生目線で、同年代の感覚で採用のための広報ツールを作ってもらったほうが響くのではないかということでインターン生にお願いすることにしました」

結果は想像以上に素晴らしかったと話す遠藤さん。インターン生は、週ごとの到達目標を明確に設定し、最終的に、2つのパンフレットを仕上げました。

「当初の目標は、パンフレットを1つ作り上げてもらうことでした。しかし、2人とも意欲的に取り組み、完成度も高かったので、両方とも採用しました。制作過程では、本人たちが自立していて、プロジェクトの進行が非常に上手だったため、こちらが管理するという感じではなく、2人に任せていた部分が大きいですね。どういうことを知りたいか、同年代の保育士さんにアンケートをとり、紙の大きさはどれが手に取りやすいか、見やすいかなど、独自にリサーチをしっかりしてくれました」

インターン生が作ったパンフレットは、実際に採用活動で利用。地元の短大での就職説明会などで配布しているそうです。

さらに遠藤さんは、タタキアゲジャパンの主催するプレゼン&ブレストイベント「浜魂」に、2度登壇しました。園とお寺と地域をつなげるきっかけづくりとして、それぞれ違った視点から地域の方と一緒にお寺のあり方、園のあり方を考えました。

「1度目の浜魂には、専称寺の副住職として登壇しました。専称寺はうちで30年ほど住職を兼務しているお寺です。その昔は多くの修行僧を受け入れる『檀林(だんりん)』として名を馳せ、地域の方々には梅のお寺として親しまれています。県の指定する史跡・名称にも選定されている一方で、非常に課題の多いお寺でもあります。100年もの間、正式な住職がいないのです。そのため魅力があるお寺なのにずっと活用できていない。どうやってこのお寺を後世に伝えていくか、その土台づくりは私が一生かけて取り組んでいくべきミッションだと思っています。浜魂では、魅力の一つである梅をどうやって活かそうかというテーマを投げかけ、梅の里親制度を作ろうということになりました。お寺の修繕事業が終わったら、本格的にプロジェクトを進めていこうと思っています」

2度目に浜魂に登壇したのは、2019年の12月。この時は、「九品寺附属平窪幼稚園・くほんじひらくぼ保育園」の園長としての登壇でした。実はこちらの幼稚園・保育園は、福島県いわき市でも甚大な被害があった2019年10月の台風19号で園舎が浸水する被害に遭いました。そんな中、2階の「おゆうぎしつ」を会場として提供いただき、遠藤さんは、「園を中心にした地域防災コミュニティをつくりたい」というテーマを会場に投げかけました。

「その時は、台風で平窪地域が被災して、他にも再起を掛けたり、被災してどうしたらいいか分からないという人がいっぱいいるだろうと思ったので、タタキアゲジャパンに企画を持ち込んで直談判しました」

こうして、被災した園の2階を会場として、第27回浜魂が実現したのです。

浜魂を2度利用した遠藤さんにとって、浜魂とは、「人のスイッチを押せる場所」だといいます。

「浜魂には、やりたいことを理解してもらう、そして共感してくれる人を増やすための宣伝効果があると思います。自分も最初の一歩が中々踏み出せていないのですが、それさえ突破してしまえば、後は少しずつ広がっていくものなのかな、と思いますね。浜魂で起業した方もいますし、仲間を増やしていく場として使っている人もいますよね。能力はあるけど一歩踏み出せていない人のスイッチをどうやって押すか。浜魂はそういう人のスイッチを押せる場所なんじゃないかなと思いますね」

目指すのは、本当の「九品寺町」づくり

40代になり、今後は、周囲に理解者を増やしていき、園の事業はどんどん人に任せて、ご自身はお寺の仕事にシフトしていきたいという遠藤さん。今後チャレンジしたいのは、お寺や園を中心に、町の機能を作っていくことです。

「分かりやすくいうと、本当の『九品寺町』を作りたいんです。例えば、議員になるとかそういうことではなくて、町の機能を作りたいと思っています。こども園を訪れた帰りに、パンやお惣菜が買えたり、保護者が休めるカフェがあったり。また、障がいのある方の就労支援に取り組み、園やお寺の掃除や農業をやってもらって、その野菜をここで安く買えたりなど、多様な人の存在を子どもたちに感じてもらったり。お寺が週末カフェをやってもいいわけですし、お寺とこども園を中心に、色々な町の機能がここに集まり、ワンストップで色々なことができるようになると面白いなと思っていて。買い物もできるし、お茶もできるし、運動もできるし、あそこにいったら色々あるな、みたいな、そういう九品寺町を作りたいというのが僕の夢です。今構想を練っている、『九品寺附属平窪幼稚園・くほんじひらくぼ保育園』の復興も、園づくりというよりは地域づくりという視点で考えていきたいなと思います」

このように、今後もお寺と園と地域との連携を意識していきたいと話す遠藤さん。

「例えば僕が思うのは、おゆうぎ会の衣装づくりで地域と繋がるということ。衣装づくりは先生方には大変な作業なんですけれど、ひとつ衣装を作って、同じものを地域のおばあちゃんをはじめとした裁縫が得意な人に作ってもらう。そして、その方たちを運動会やおゆうぎ会に招待して、子どもたちがそれを着て頑張っている姿を見てもらったりしたらどうだろう、と。手始めに裁縫ができる職員を雇って、そこから地域に繋げられればと思っています。そうすることで、職員の働き方の改善にもつながりますし、地域のお年寄りの活躍の場が生まれます。こんな風に、お寺と幼稚園の場を活用して両方のコーディネートをしてくれる地域コーディネーターがほしいですね」

オールいわきでクオリティの高いものを作る

最後に、遠藤さんの感じるいわきの魅力を伺いました。

「いわきは、スペシャリストが多いと思います。いわきの人だけでこれだけのものが作れるというのは、財産だと思いますよ」と話す遠藤さん。全ての工程を地元の方にお願いして作った、「九品寺こども園」、「九品寺附属平窪幼稚園・くほんじひらくぼ保育園」のパンフレットを見せていただきました。

「パンフレットは、撮影、ドローン撮影、デザイン、印刷すべていわき在住の方にお願いしてオールいわきで非常にクオリティの高いものを作っていただきました。地元でここまで素敵なものが作れるという意味では、いわきはすごく熱いと思いますよ。今後は、いったん都会に流出した人たちが、都会や世界で力を付けて、地元のものを作るという流れができてくるんじゃないかと思います。また、都会に住んでいる方のリモートワークや二拠点居住でいわきに関わる人も増えてくると思うので、そういうプロ人材をどう活かすか、ということも大事だと思います。田舎のレベルにも千差万別ありますが、その中ではいわきはハイスペックなほうじゃないですか(笑)他の地域と比べたわけではないですが、面白い人がいっぱいいて、地方でも何でもできる時代だなと思います」

園に隣接する公園と繋がるカフェの設置、本堂でPC作業ができる寺コワーキング・・・など園とお寺を活用する様々なアイデアを話してくださった遠藤さん。今後は、園とお寺を含めたエリア全体を活かせるようなNPO法人の立ち上げも検討しているそうです。遠藤さんの多岐にわたるチャレンジから、今後も目が離せません。

文・菊池裕美子
写真・沼田和真

●Information

学校法人明照学園
住所 福島県いわき市平字九品寺町3-2
公式サイト https://www.meisyou-gakuen.net/

学校法人 明照学園 専務理事
遠藤弘道(えんどうこうどう)

1979年生まれ。磐城高校卒業。学習院大学文学部フランス文学科卒、大正大学人間学部仏教学科卒業。2005年にいわき市にUターンし、九品寺に奉職。2007年より、明照学園に事務長として入職。2015年に「九品寺附属幼稚園(現・九品寺こども園)」、「九品寺附属平窪幼稚園」の園長に就任。明照学園専務理事。九品寺副住職。専称寺副住職。

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