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牛による農地保全で帰還困難区域の「人・動物・自然」をハッピーに。未利用資源を活用した循環型の福島モデルを世界に広めたい!(2020/07/20掲載)

福島県双葉郡大熊町の帰還困難区域にある「もーもーガーデン」は、「もー(牛)が、MOW(草刈り)する」、人と動物と自然すべてが生き生きと輝く空間。管理するのは、「一般社団法人ふるさとと心を守る友の会」代表理事の谷さつきさんです。東日本大震災とそれに伴う原発事故後、現地に取り残された11頭の牛たち(通称:もーもーイレブン)に、除草という仕事を与え、荒れてしまった地域の景観や環境を回復・保全する活動を続けてきました。この活動を始めるまでは、東京で農業とは無縁の会社員生活を送っていた谷さん。どのような思いでこの活動を立ち上げ、仲間を増やしてきたのか、そして今後のビジョンについてお話を伺いました。

<タタキアゲジャパン公式サイトアーカイブ>
本記事は、タタキアゲジャパン公式サイトに掲載されていたものです。
肩書・内容は掲載当時のものとなります。


困っている畜産農家と支援者を繋げたい

―「もーもーガーデン」での活動を始めるまでは、東京で会社員生活を送っていたそうですね。

 移住前は、銀行で働いたり、海外の子どもの教育支援や自立支援などに携わっていました。
 出身は静岡県です。福島県に移住して感じたのは、地元と気候や環境が似ているということです。太平洋に面していて、後ろには山がある。地震が起きて、原発もある。東北のハワイというだけあって雪もあまり降らず、冬は思ったより暖かいという印象です。
 大学進学と同時に上京し、その後海外の大学院に進学して、国際紛争解決について学びました。帰国後は行政、民間企業、学術系、NPOなどさまざまな分野の仕事を浅く広く経験しました。一本に絞らず、いろんなところを経験して、世の中の仕組みを知りたかったんです。

―2011年の原発事故後、警戒区域に設定された地域で家畜が無残に倒れていく様子をニュースで目にしたことが、現在の活動を始めるきっかけになったということですが。

 たまたま2011年4月に見たニュースで、原発事故により警戒区域に設定された地域に飼い主が入れず、家畜がバタバタ死んでいるという悲惨な状況を知りました。
 被災地に取り残された家畜が死んでいき、畜産農家や酪農家の方々は困っていました。当時現地は大混乱で、人間すらどうにもならない中で、家畜のことまで手が回らないんですよね。その一方で、そういうニュースを見て助けたがっている人たちが全国各地にいました。両者をマッチングしたいという思いで、専門家の方や学会をしらみつぶしに当たって情報収集し、その情報を整理してネットで発信し始めました。
 すると、検索でその情報を見つけてくれた農家さんから、助けてくれという依頼が届くようになりました。とにかく一回現場に来てくれと言われ、その頃運転免許も持っていなかったのですが、現地を訪れました。
 その後、2013年にいわき市に移住するまでの2年間は、東京から通いながら活動しました。本当はもっと早く移住したかったのですが、当時この辺りは部屋の空きがなく、ようやく住むところが見つかったのが2013年のことでした。

作業前の農地(谷さん提供)

―現在は、国内はもちろん海外からも応援を受けながら事業を継続していますが、ここまで来るのには苦労もたくさんあったのでは?

 「郷に入っては郷に従え」というのを重々分かっていたつもりだったのですが、最初にスーツで来てしまって、かえって戸惑わせてしまったこともありました。敬意を表したつもりだったのですが、やっぱり農家関係は、モンペと麦わら帽子の方が話が早かったです。年齢や性別も関係していたかもしれませんが、それも含めて、そういうことをあまり分かっていませんでした。
 そんなこともあって、最初から話がスムーズに進んだわけではないのですが、農家の皆さんは藁にもすがる思いだったのでしょう。「東京からスーツの変な姉ちゃんが来たけど、とりあえずみんな集まろうぜ」という感じであちこち連れていってくれました。そんな中で協力してくれる自治体や団体にも出会いました。
 農家の方々の裏方として行政と交渉したり、全国から集まった寄付で、農地を整備して放牧場を作るのに必要な杭や電線などの資材を購入して一緒に作業したりということをこれまで9ヶ所でやらせていただきました。もちろん力不足でサポートしきれず、うまくいかなかったケースもあります。苦い経験もたくさんしました。
 よそ者というのはネックのひとつでしたが、受け入れられるにはどうしたらいいんだろうと、私なりに試行錯誤しました。とにかく泥だらけで汗みどろでやっている姿を見ていただくしかないと思っています。そうするうちに、最初は遠巻きに見ていた方々も協力してくれるようになりました。まだまだ周囲全てを巻き込むことは難しいこともありますが、ひたすら実績を詰むということに専念しています。

口から草がはみ出ているのがポイント!(谷さん提供)

農家の一言から生まれた、「牛による農地保全」というアイデア

―「ふるさとと心を守る友の会」という一般社団法人を立ち上げたのは、移住前の2012年のことですね。

 法人化したのは2012年の9月です。法人名は練りに練って「ふるさとと心を守る友の会」にしました。「友の会」は、昔ながらの感じで、「ふるさと」も「心」もみんなが知っている単語です。カタカナを使わず、年配の方にも分かっていただきやすい名前にしたつもりです。
 事業内容は、「草食動物の習性を活用したエコ除草による農地保全」と定めましたが、このアイデアは、最初からあったわけではありませんでした。当初は、現地をひたすら回って、飼い主さんたちと放浪していた牛を集める作業をしていました。農家さんたちが牛を助けたいのに助けられないのは、立ち入り制限があって、牛を生かすために最低限必要な水と餌を運べないからでした。震災前は、牛たちに購入飼料を与えていましたが、トラック何台分もの餌を毎日運搬しないと足りません。最も厳しい立入制限下ではそれはできず、あきらめざるを得ない状態でした。
 そんなとき、高齢の農家の方が、草が生い茂っている土地を見て、「牛が食ってくれたら綺麗になるんだけどな」とポロっとこぼしたんです。トラクターが普及する前は、牛であぜ道を綺麗にしていたから、牛が雑草を食べることを知っていたわけですね。それを聞いて、「あ!」と思いました。「餌なら現地に大量にあるじゃん」と。農地が荒れ果てて泣いている農家さんと、餌がなくて牛が餓死して困っている農家さんがいる。その両者をマッチングさせて、この土地の中で餌の確保と農地保全を循環させればいいんだということに気づいたのが、2011年の10月頃のことでした。そこでようやく牛の保護と農地保全という2つの活動が結びついたんです。それを震災前からやっていた数少ない農家の方々もいらっしゃいました。

(谷さん提供)

「人・動物・自然」すべてにメリットがあり、共存共栄できる循環型モデル

ー 最初は田んぼ1枚分の面積からスタートしたこの活動ですが、牛を放牧する中で花や果樹といった周りの自然が生き返るなど、当初は想定されていなかった効果もあったそうですね。

 毎年依頼を受けて拡張し、これまで大熊町の田畑、果樹園や庭など、計8ヘクタールの保全を行いました。天井ほどの藪に覆われていると、日光が届かず光合成ができなくて、花や果物は枯れて死んでしまいます。その藪を牛がぺろっと食べてくれることで、花や果物が息を吹き返したんです。

(谷さん提供)

 この習性を活かして、キウイを再生させたりもしています。キウイは、牛糞がないと甘くなりません。牛が雑草を食べてくれるだけでなく、牛糞まで落としてくれて、人間が美味しいところを食べられるなんて最高だな、と。それに、キウイは収穫の時に腰をかがめなくて済むから、農家さんが高齢化しても作業しやすいし、酸っぱいから鳥獣害がない。さらに、保管状態によっては通年で出荷できるんですよ。でも最近、キウイの葉が意外に食べられると知って食べる牛がでてきちゃったんですね(笑)これはまずいと思い、樹を電柵で囲うなど対策をしました。
 私は、自分のやりたいことに200%の力を注ぐために、効率化を追求しています。農業の8割は草刈りといわれています。牛なら1時間で終わる作業を、人間が何日もかけて腰を痛めてやっているんです。毎日人間が草刈りをしても、ただ刈って捨てるだけになってしまいますが、牛に食べてもらえれば、大喜びで平らげ、牛糞という肥料を落としてくれて、農地に肥料を撒く手間まで省いてくれます。また、牛は成長点を残して草を食べてくれるので常に農地の表面が被膜されている状態です。裸地になっていると紫外線と雨と風で表面の栄養分が全部流れてしまってすごい損失なんですね。日本の7割を占める中山間地域は、集約化できず、トラクターでの効率化が難しい。そういう土地は、牛による農地保全がうってつけだと研究者たちも言っているし、私も現場で見ていてそう思います。

お仕事休憩中の写真。ゴワゴワの草から、柔らかくて細かい草に変わりました(谷さん提供)

―「もーもーガーデン」での取り組みは、「人・動物・自然」すべてにメリットがあり、それぞれが共存共栄できる循環型モデルということですが、人や地域に対する影響はどうですか?

 農家の方たちは、ご先祖様から受け継いだ土地をなんとかしたいけれどどうしようもない、という状況で、避難先で心を痛めていました。最初は、土地に対する気持ちが理解できていなかった部分もありました。でも、今は辛さがちょっとだけ分かるんです。自分で汗を流して苦労すると、「農地にするってこんなに大変なの!?」と思うわけですよ。こんな大変なことを何代も続けてきた人からすると、ただの土地じゃないんですよね。ご先祖様の汗と血と涙が凝縮されている人生そのものだから、自分の代で荒らすことに対する罪悪感がものすごいわけです。
 それが、牛による農地保全を導入することで、柵を整備して、たまに現地に通うだけでよくなったので、避難先でも心穏やかに過ごせるようになったと大変喜ばれました。単管パイプを運んだり、杭を作ったり、事務的な手続きをしてくれたり、資機材や金銭的な支援をしてくれたり、皆さんがそれぞれに自分ができる方法でこの取り組みに関わって、今の形があります。自分が何もできないと思うと自己肯定感も下がってしまうようですが、何かしらアクションを起こして、自分の力で土地を守れていると思うと、心が楽になり、ほっとするのかなと思います。そんな感じで笑顔は増えたように思いますね。

(谷さん提供)

実績を重ねながら、未利用資源活用の可能性を広げていく

―2020年春の地域実践型インターンシップでは、この取り組みをより発展させるためのプロジェクトで学生3名を受け入れました。

 地元の人たちも、地域外の人も、たくさんの方が協力したいと言ってくださいます。その方たちがもっと関わりやすい仕組みを考えてもらいたいと思い、インターン生を受け入れました。
 結果的に、応募してくれたインターン生の専門性や特性を考慮して、広報面の強化や事業の収益計算という方向にプロジェクト内容を変えました。特に、学生が農地一枚一枚を測って徹底的に線量を計算して広報資料を作ってくれたのも、本当に助かりました。国内の方も海外の方も、線量が気になって参加を躊躇してしまうことがあるんですね。そんな時、この資料を使って説明すると、すごく説得力があるんです。

▶放射線概略、放射線補足説明資料(2020年春 インターン生制作)
■放射線概略
■放射線補足説明

▶もーもーガーデンPR動画(2020年春 インターン生制作)

 次回(2020年夏)のインターンでは、避難している地元の方や、もっと応援したいと思ってくれている方たちが、どこにいても誰でもいつでも関われるような、ITなどの技術を使った仕組みづくりを一緒に考えていくつもりです。ワクワクする楽しい形を一緒に考えてもらえたらいいなと思っています。

インターンの様子(2020年春インターン生・松岡温さん提供)

―今後、谷さんが目指していきたいことを教えてください。

 富岡町や浪江町など双葉郡の他の農家さんからも依頼があるので、今後はこの取り組みを、レンタカウという形で、大熊町だけではなく他の地域にも広げたいと思っています。こうしている間にも餌が足りなくて死んでいく牛がいる。震災から10年目でもまだそんな状況なんです。とにかく小さくてもいいから実績を増やしたい。実績を重ねていくことが未来につながっていくと思います。
 それと同時に、この活動の可能性も広げていきたいです。日本で急増している耕作放棄地の資源を活用するシステム、例えば遠くからでも放牧管理ができるようなシステムを作って、世界中に広めたいと思っています。これまで、45分でひとつの放牧場を作れるくらいに効率化を追求してきました。それを発展させて、柵自体を立てずに、バーチャル柵のような形でもっと簡単にできないものかな、と。それから、バーチャル観光で世界中から関われる仕組みづくりですね。地主の方も、このままここが草に覆われて消えていくのは嫌だとおっしゃるんです。苦労して開拓してきた土地、自分たちが頑張ってきた歴史がここにあるということを、世界に見てほしいという思いがあるんです。バーチャルでもリアルでも人が集まるような場所にして、多くの人にこの土地の存在を知ってほしいと思います。

世界中の人が豊かで幸せに生きていくために、足元からできること

―この活動を通して谷さんが成し遂げたいこと、伝えたいことは何ですか?

 NPOで働いていた頃、突き詰めれば突き詰めるほど、表面上の支援をしたところで根本的な解決はしえないという限界を感じました。できれば構造的な、課題の根本にリーチすることにチャレンジしたいと思っていましたが、力や機会がなくて、そのままになっていました。挫折に近いものがあり、自分の中では答えがでないまま闇の中にいたようなところがありました。
 福島に来て、畜産や農業に関わっていくうちに、震災前は家畜の飼料を自給する農家さんも多かった一方、海外に頼らざるを得ない難しい状況が日本全体にはあって、しかし、それは様々なコストやリスクにもつながってしまっていることを随分身近に感じるようになりました。遠いところからそれらを抱えて運ばなくても、雑草という未利用資源を活用すること、地方の豊かな恵みを活かすことは、日本だけではなく、実は海外にとってもプラスになるアクションのひとつなんじゃないかと捉えるようになってきました。
 いま取り組んでいる事業が、世界の抱えている課題を解くカギの一つにもなり得ると思っています。
 この事業は、ただの牛の話じゃないんです。今後の日本の将来を考えたときに、都会の人も地方の人も、全ての人が薄くメリットを享受しうるモデルになると思っています。効率的に食料が生産できたり、動物と人間が共生したりといった、この新しい福島モデルをいつか世界共通の資産にしたいと思っています。レンタカウという仕組みは他の地域にもあり、それはとてもすばらしいのですが、ここで今取り組んでいる事業は、目的と内容と広がりが異なり、福島でしか生まれえなかった形です。何年かかるか分かりませんが、それを福島発で世界に広げることができたらと思っています。

お仕事中(谷さん提供)

■最後に一言■
 眠っていたり捨てられたりしている資源が、実はそれぞれに役立つ可能性があるということを一緒に考えて関わっていただけたらすごく嬉しいです。今後の時代を日本が豊かに生きていくためにも、世界の人が幸せに生きていくためにも、足元からできることはもっとあると思っていて、この事業はその中のひとつですね。

文・菊池裕美子
写真・奥村サヤ

●information
一般社団法人ふるさとと心を守る友の会もーもーガーデン
所在地: 大熊町野上姥神の旧都路街道沿い
公式サイト:https://moomowgarden.or.jp
Facebook:https://www.facebook.com/friends.fumane/

一般社団法人ふるさとと心を守る友の会 代表理事
谷 さつき(たに さつき)


静岡県出身。大学卒業後、海外の大学院で、国際紛争分析について学ぶ。帰国後、第一~第三セクターで働く中、東日本大震災により福島に関わるようになり、農家からの依頼を受け福島で被災牛による農地保全の活動を始める。 2013年福島県いわき市に移住。2015年より双葉郡在住。


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