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当事者意識を持つ地域の大人を増やしたい ―対話を通して地域課題を考える(2020/08/24掲載)

離婚案件、子どもの事件、DV事件や性被害に関する相談業務などを専門に扱う弁護士の菅波香織さん。地元いわき市にUターンし弁護士として活躍する傍ら、さまざまな地域課題と向き合う活動を続けています。さらに2020年6月からはNPO法人タタキアゲジャパンの監事にも就任。地域での多岐にわたる活動を推進し続ける原動力や今後の展望、そしてタタキアゲジャパンに期待していることをお伺いしました。

<タタキアゲジャパン公式サイトアーカイブ>
本記事は、タタキアゲジャパン公式サイトに掲載されていたものです。
肩書・内容は掲載当時のものとなります。


メーカーの研究員から弁護士への転身

―現在、地元いわき市で弁護士としてご活躍中の菅波さんですが、工学部をご卒業後、弁護士に転身されたそうですね。

 もともと理系出身で、大学卒業後はメーカーで研究員として働きながら、24歳で第一子を出産しました。当時の夫も同じ研究職で、収入もほぼ一緒だったのですが、子どもの熱が出ると、保育園から私だけに連絡が来て、早退して、次の日も休まなくてはいけない。「私ばっかり」みたいな感覚がありました。そういう状態に違和感はあったのですが、当時は女性がやらないといけないと思い込んでいて、夫に委ねることもできず、1人でいっぱいいっぱいになっていました。こういう人は他にもいるだろうなと思い、男女共同参画の分野に興味を持つようになりました。
 当時は千葉県柏市に住んでおり、近所で開催されていた勉強会に参加したり、柏市の男女共同参画の意見募集に意見を出したりしていました。そのうちに、一市民としてではなく、弁護士として関われたら、もう少しインパクトが出せるかなと考えるようになりました。また、第二子を出産したときに、1ヶ月くらい行政書士の勉強をして合格したことも後押しになりました。
 幼い頃、サスペンスドラマ好きの母親から「弁護士になったら」と言われていたことや、中学生の頃に先生から「成績がよいことよりも、公平に人と接することができるところが素敵です」と褒められたことからも影響を受けたかもしれません。法律で人を守れるのはいいな、となんとなく思っていました。
 その後、26歳のときに退職し、3回目のチャレンジで司法試験に合格しました。その間に第3子も出産しました。

Uターンで生まれた、心の余裕

―司法試験合格後、いわきにUターンされたきっかけを教えてください。

 離婚が原因でいわきに戻ってきたので、実は前向きなUターンではありませんでした。
 当時は、司法修習生として働きながら、横浜で子ども3人を育てていました。保育ママさんに子どもの夜ごはんやお風呂をお願いして、何とかやっていたのですが、「これはちょっと無理かも」と思って…。横浜で就職先は決まっていたのですが、地元のいわきでも就職活動をしてみることにしました。
 そうしたら、いわきのお給料のほうがよかったんです。なぜかというと、こちらは弁護士が少ないから。私が来た時、いわきで女性の弁護士は2人目でした。いわきと双葉郡全域が管轄で、こちらのほうが活躍できるかもしれないこと、条件がいいこと、実家が近いということ、いくつかの要素が重なって、2007年にいわきに戻ることにしました。大学進学で上京するときは、「絶対こんな田舎に帰ってくるもんか」と思っていわきを出ていったので、戻るつもりはなかったのですが(笑)
 元夫とはDVが原因で離婚して、離婚するのに1年くらい掛かり苦しんだという経験がありましたので、こちらで弁護士になってからは、DVや離婚の案件を多く扱っています。

―実際にUターンしてみていかがですか?心境に変化はありましたか?

 戻ってきて1番よかったと感じたのは、職場、自宅、子どもの保育園が全て近いところにあるから、無駄な時間がないということです。Uターン前は、司法研修のために横浜から和光まで片道2時間、往復4時間かけて通っていました。出勤する時に自転車で子どもを保育園に連れていき、子どもを預けて駅まで走って、電車を乗り継いで…。2歳の娘が靴を自分で履きたいと言っても、「そんなことしてる場合じゃないよ!」と叩くような躾をしてしまい、ピリピリと生きていました。
 こちらに来たら、9時くらいに事務所に行けばいいから、8時に保育園、8時半でもまぁいいか、みたいな余裕が生まれました、お昼に少し家に帰って買い物をして夕飯の準備をするなど、時間を豊かに使えていますね。今では、都会の人はみんなこっちで過ごしたら、と思うくらいです。

対話で分断を乗り越えたい。「未来会議」と「はまどおり大学」のはじまり

―弁護士としてDVや離婚案件を中心に扱う一方で、「未来会議」や「はまどおり大学」などの地域活動を通して、さまざまな地域課題とも向き合っていらっしゃいますね。

 「未来会議」は、東日本大震災をきっかけにはじめた活動です。原発事故後、区域外避難をしている母子が何の支援も受けられないことに問題意識を持ち、東京の弁護士と一緒に「福島の子どもたちを守る法律家ネットワーク」という活動をはじめました。結果として2012年に、福島に残る人も避難する人もそれぞれの選択を尊重して支援する法律、「子ども被災者支援法」が成立しました。
 その法律には、「住民の意見を聞きます」という条文が入っているのですが、一向に実現しない。そこで、東日本大震災復興支援財団の協力のもと、住民の意向を聞き取る対話ワークショップを開催しました。(現タタキアゲジャパン理事の)松本くんをはじめ、さまざまな業界で震災支援活動を行ってきた方に声をかけて、対話の場を設けました。皆さんそれぞれが、それまでの活動を通して、双葉郡からの避難者といわき市民との分断、津波の被災者と原発避難者の分断などを近くで見てきていました。私は特に子どもを取り巻く環境の分断、例えば放射能を気にする/気にしない、校庭で体育をやる/やらない、福島県のお米を食べる/食べない、といった分断を目の当たりにし、悲しい思いをしていました。そんな悲しい状況を対話で乗り越えられるんじゃないか、と思うようになり、これがきっかけで、2013年1月に「未来会議inいわき」がスタートしました。
 「未来会議」は、テーマに応じてゲストスピーカーから話題提供をしてもらい、それをもとに参加者みんなで対話をします。最初は「いわきの未来」というテーマで始めましたが、より広い地域、視点から考えたり、廃炉、医師不足、漁業、町に戻れるか、など、その時々で話題になっているテーマに絞ったりもしました。
 単に勉強するだけではなく対話することの意味は、自分が考えたことや感じたことを言葉に出すことで、主体になり、当事者意識を持ちやすくなるというところにあります。「当事者意識を持つ」、「自分ごと化」といったキーワードは、(タタキアゲジャパンの主催している)「浜魂」とも共通するものだと思います。どんな立場の人でも、それぞれがそれぞれの肩書や経験の中での専門家で、その人の言葉がその場に予想もしないような化学反応を起こすことがあります。だから、「未来会議」ではなるべく話す・聞く時間を持つことを大事にしています。


―「はまどおり大学」はどのような経緯で生まれたのですか?

 「未来会議」でさまざまなテーマで対話を続ける中で、私自身が5人の子どもを育てているということ、また、もともと子どもの問題に関心があったということから、「未来会議子ども分科会」を始めました。子どもの居場所や虐待問題、性教育など子どもの話に特化してみんなで考える取り組みです。「未来会議」の中でも異色なテーマだったので、それを「はまどおり大学」という活動にシフトして、今は「未来会議」とは別の団体として動いています。
 「はまどおり大学」では、子育てに悩んでいるお父さん・お母さんの勉強会やヨガを通して心を整えるイベントなど、子どもと大人が一緒に考えるワークショップ形式の活動が多いですね。最近では、「子どもたち、どう感じてる?」というテーマで、コロナ禍の子どもたちのことをみんなで話すオンラインの対話の場を何度か設けて、小学生、中学生、高校生、大学生に思いを話してもらいました。

はまどおり大学TALK NIGHTの様子(菅波さん提供)

生きづらさを感じる人のための駆け込み寺を作りたい

―その他、今後力を入れていきたいテーマはありますか?

 まず、虐待問題は、私の中で重要なテーマです。弁護士としては、福島県浜児童相談所の虐待対応専門員を務めています。こういった法的なアプローチも必要ですが、子育て現場、保育現場など地域の現場でも困っている人がたくさんいます。ちょっと息抜きできる場をつくるなどのアプローチで、そこの手助けをできないかと考えています。 
 例えば、コロナ禍で、障がい児に対する虐待が増えているという報告があります。障がい児をサポートする場はあるけれど、障がい児を持つお父さん・お母さんをサポートする場は少ない。そこで、今年度は、そんなお父さん・お母さんをフォローするような取り組みを、仲間と一緒に始めるつもりです。
 さらに、生きづらさを抱える若者の支援や、そういった若者の親のフォローにも力を入れています。そのうちのひとつが、横浜を拠点に全国の若者からのLINE相談を受け付ける「NPO法人若者メンタルサポート協会」での活動です。私は顧問弁護士のような立場で、法的対応が必要な案件にアドバイスをしています。また、個人としては、昨年(2019年)から、「HANASOU」というLINEの無料相談サービスを始めました。いわき、双葉郡を中心に、中高生が性被害やいじめなどの問題を弁護士に直接相談できるサービスです。
 このように、ちょっと相談できる駆け込み寺のような場があるといいなというのは、いわきの仲間ともよく話しています。


―こういった地域での活動は、これまでのご自身の体験や弁護士としてのさまざまな経験から生まれたものなのでしょうか?

 活動の一環で、臨床心理士の先生のペアレント・トレーニングを継続開催させてもらったことがあるのですが、これは自分の経験がもとになっています。私は、過去に、叩いたり暴言を吐いたりするような子育てをしてしまったことがあります。長女が5歳くらいの時にこれではまずいと気づき、コーチングや子育ての方法を学びました。また、今は、学校に行けないという特性を持つ自分の子どもにどう接したらいいかということに悩んでいます。自身の経験を通して、そういう特性のある子どもの周りにいる大人の苦しさもよく分かりました。勉強会などで子どもへの接し方の工夫を知ることで、全部がよくなることはないけれど、少しはマシになります。また、「あるある、私もそういう体験あるよ」とたまに愚痴をこぼしあって、ほっとできる場をつくることも、自身の体験から必要だと思っています。
 仕事では、子どもの虐待や性犯罪被害といった案件も扱います。でも、仕事を通して知った子どもに対してダイレクトに支援をすることは難しく、モヤモヤすることがあります。困難な状況にある子どもたちは、私たちの隣にたくさんいます。だから、地域の大人には、そういう子どもたちに気づいてほしいし、何ができるかを考えてもらいたいと思っています。
 2019年に、「はまどおり大学」で児童相談所とコラボして、「虐待を考えるシリーズ」というイベントを開催しました。児童相談所のリアルな話を聞くと、「そんなこともあるんだ、だったら自分には何ができるだろう」と、みんな結構考えてくれます。見えないところで苦しんでいる子たちがいる一方で、地域には子育てが終わって余力がある大人がいる。そういう方たちにどんどん現状を知ってもらう場を作り、一緒にこの問題に取り組んでもらいたいです。こういった取り組みを通して、「あなたは悪くないよ」と言ってくれる大人や、「そばにいるよ」と伝えてあげられる大人を地域に少しでも増やしたいですね。

必要なのは、課題を「自分ごと化」してくれる仲間

―活動を進めていく中で、今抱えている課題があれば教えてください。

 一番はやっぱり、「仲間が欲しい」ですね。SNSだけで周知していると、SNSをやるタイプの人としか繋がれないけれど、障がい児や虐待、性被害といったテーマに関心がある人、問題意識を持っている人、自分ごととして考えられる人はSNSの外にもきっともっといると思います。関心がある人、思いのある人と繋がるためにはどうしたらいいか、というのは課題ですね。
 また、今取り組んでいる活動の中で、やるべきこと、やりたいこと、絶対必要だと思うことはたくさんあるのですが、人手が足りなくてやりきれていないんです。関心はあっても、自分がプレイヤーになるということができず、躊躇してしまう人も多いんですよね。今後は、こういった活動がちゃんと仕事になるような枠組みも整えていかなければならないと思います。

地域を「開いていく」タタキアゲジャパンの役割

―さまざまな地域活動に加え、タタキアゲジャパンでは立ち上げ当初から正会員として活動を見守っていただき、2020年6月からは監事も務めています。タタキアゲジャパンに今後期待したい役割はありますか?

 タタキアゲジャパンからは、どんどんいろんなプレイヤーが出てきていますよね。いわきが「閉じない」ためのことを頑張っていて、そういう仕掛けをし続けられていることがタタキアゲジャパンの魅力だと思います。私はいわきが好きだけれど、やっぱり田舎だとも思っています。良さもあるけど、排他的な部分も残っている。私はいわき出身だから、生きづらさを感じることは少ないですが、引っ越してきた人が排除されたと感じているような場面を見なくもない。そこが開けるのはいいことだと思っていますし、そこがタタキアゲジャパンの役割かなと思っています。今度、自分の活動の相談にも伺います!

文・菊池裕美子
写真・奥村サヤ

●information

・弁護士法人いわき法律事務所
 公式サイト:http://iwaki-law-office.com/
 住所:福島県いわき市平字六間門2-34
 TEL:0246-38-9120

・未来会議
 公式サイト:http://miraikaigi.org/
 Facebook:https://www.facebook.com/miraikaigi

・はまどおり大学
 公式サイト:https://hamadori-daigaku.com/ 
 Facebook:https://www.facebook.com/hamadori.univ.net/

いわき法律事務所弁護士/未来会議事務局長/はまどおり大学代表/TATAKIAGE Japan監事
菅波 香織(すがなみ かおり)


福島県いわき市平生まれ。1994年磐城女子高校卒業。1998年東京大学工学部化学システム工学科卒業。香料会社でフレグランス研究員として勤務。次女出産後、女性の生きにくさを痛感し、司法試験受験を決意。2002年に会社を退職し、三女出産と並行して受験を続け、2005年に司法試験合格。2006年からの司法研修を経て、地元いわき市にて2007年に弁護士となる。自身の経験も活かし、離婚案件や子どもの事件、DV事件や性被害に関する相談業務などを専門として弁護士業務を続けている。
福島県浜児童相談所虐待対応専門員、いわき市児童福祉専門分科会(子ども子育て会議)委員、いわき市地域包括ケア推進委員会委員、いわき市いじめ問題対策委員会委員、いわき市いじめのない・子どもが輝くまちづくり推進本部委員。

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