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(曲)’Round About Midnight / Miles Davis (1955録音)〜ジャズ史を変えた歴史的録音

Personnel
Miles Davis – tp
John Coltrane – ts
Red Garland – p
Paul Chambers – b
Philly Joe Jones – d

 ’Round About Midnightはジャズピアニスト、セロニアス・モンクの曲で、無数のカバーが存在するが、中でもこのマイルス・デイビスのバージョンは特別だ。無数のカバーが存在するのは、曲自体の良さもあるが、このマイルスのカバーがあまりにも衝撃的で、オリジナル以上に多くの人に認知されたからかも知れない。マイルスはジャズの歴史を一度だけでなく何度も塗り替えた類まれなる偉人だが、この’Round About Midnightはジャズの芸術性を一気に高めた決定的な一曲だ。

 天才アルトサックス奏者🎷チャーリー・パーカーは、1940年代に相棒であるトランペット奏者🎺ディジー・ガレスピーとともに、それまで大衆娯楽的だったジャズのスタイル(スイングジャズ)を、「ビバップ」と呼ばれる新たなスタイルで一変させた。簡単なテーマの後に展開されるフロントマンの即興のソロ演奏をフィーチャーしたスタイルが「ビバップ」で、ループするコード進行に乗せて、アドリブの演奏技術を競うそのスタイルが多くの先進的な若手ジャズミュージシャンを刺激し、多くのフォロワーを産んだ。マイルスもそんな若手ミュージシャンの一人だった。マイルスはトランペット奏者🎺だから、ディジーに憧れた一人だった。ディジーは高音域を駆使したスピード感のある超絶技巧の高速アドリブソロがトレードマークだったが、当時のマイルスにはディジーのような演奏技術はなかった(ディジーの技能が突出していただけであって、決してマイルスがヘタだった訳ではない)。とはいえ、ディジーを超えたいと思う気持ちから生まれた、マイルス独自のトランペット🎺の演奏スタイルが、後にジャズの歴史を変えることになる。と同時に、アーチストとしてビバップ以降の新しいジャズのスタイルも模索する。こうしてマイルスは、チャーリー・パーカーとディジー・ガレスピーという二人の偉人を超えていく…ということが「マイルス・デイビス自叙伝」に書かれているが、その通りだと思う。

 チャーリー・パーカーとディジー・ガレスピーという二人の偉人を、音楽スタイルの面からも、演奏スタイルの面からも、完全に過去のものにした革新的な作品が’Round About Midnight / Miles Davis (1955録音)だ。Birth of the Cool / Miles Davis(1949 -1950録音)がポストビバップの代表作のように言われているが、自分にはまだまだビバップの影響が色濃く残っているように思える。’Round About Midnight / Miles Davis (1955録音)にはビバップの要素はなく、全く新しいジャズだ。

 この’Round About Midnight / Miles Davis (1955録音)はまず、マイルスのミュートトランペット🎺のスローなイントロが聴く者を戦慄させる。とんでもなく良く切れる細っそいカミソリの刃先のような音。聴く者を凍りつかせる、とてつもなく冷たい絶対零度の音。サッチモ→ディジー→クリフォード・ブラウンと次第にテクニカルになって行くジャズトランペッターの系譜とは一線を画すマイルスにしか出せないノンビブラートサウンドのイントロで幕が開く。7〜8小節目でリズム隊のクールなキメが入り、9小節目(開始30秒あたり)からこの曲のメインメロディがマイルスのミュートトランペットによって奏でられる。続いてメインメロディを少し崩しながら、ミュートトランペットのスローなアドリブが続く。メロとトーンをじっくり染み込ませる芸術性の高いソロパートだ。そこにはもうビバップの呪縛は微塵もない。そしてマイルスのソロが終わった後、いったんブレークを入れ、2:45あたりであの歴史的な例のアレ(キレッキレのキメ)が炸裂する。マイルスとコルトレーンの二菅とは思えない、ビッグバンドのような迫力ある入魂のキメだ。この有名なキメをはじめとするアレンジはアレンジャー、ギル・エヴァンスのアイデアらしい。マイルスはバンドメンバーだけでなく、優秀な人材を引き寄せる才能がある。そしてこの決定的なキメの直後、間髪入れずにコルトレーンのテナーソロに突入する。マイルス一派がモード奏法を完全に確立する一歩手前のスリリングなアドリブソロが展開される。(音楽理論に詳しくないので間違っているかも知れないが)ソロのバックではコード進行が展開されているが、従来のビバップのようなコード進行に合わせたスケールからの音選びではなく、ワンスケールと言っていいのか、モーダルなアドリブが展開される。マイルスのロングトーンを多用したメロディアスなソロとは違い、コルトレーンのソロは1小節1小節の中に多くの音を敷き詰めていく。バックのリズム陣もコードを進行させながらも、コルトレーンのモーダルチックなソロが映えるようなシンプルでミニマムなバッキングを展開する。コルトレーンのソロが終わると、5:08あたりでマイルスのミュートトランペットがエンディングパートを奏でる。ソロの時とはうってかわってコルトレーンがロングトーンのバッキングをする。このエンディングパートでの二人の掛け合いにも、ビバップでは見られない新たな芸術性が見られる。そしてエンディングは最高にカッコいいリフ、最高にカッコいいアレンジでクールな幕引きを迎える。ピバップを殲滅し、新しい時代を作った完璧で高密度な5分55秒だ。

何度聴いても心底すごいと思う録音だ。



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