手指衛生遵守率:事実か、虚構か?

はじめに
オーストラリアでは国の施策として、公立病院に対して直接観察法による手指衛生の遵守率を公表することを求めています。直接観察法はホーソン効果の影響があるといわれていますが、その度合いはこれまで明確になっていません。今回ご紹介する論文は、直接観察法による手指衛生のホーソン効果の度合いを明らかにすることと、直接観察法による手指衛生遵守率と、同時に実施した自動観察法による遵守率を比較し、その効果的な運用方法について言及しています。
 
 
方法
オーストラリアの大規模な3次教育病院では、内科病棟と外科病棟において、連日20分間の直接観察法による手指衛生の遵守率と、自動観察法によるそれを導入しています。2014年から2015年の期間における直接観察法による遵守率から自動観察法による遵守率を減じて、その差をホーソン効果の指標(ポイント)として算出しました。
 
 
結果
内科病棟における直接観察法による遵守率から自動観察法による遵守率を減じたホーソン効果ポイントの平均値は、2014年が55ポイント、2015年が64ポイントで、自動観察法による遵守率の平均値と比較して2.8-3.1倍高値でした。また、外科病棟の直接観察法によるホーソン効果ポイントの平均値は、2014年が32ポイント、2015年が31ポイントで、自動観察法による遵守率の平均値と比較して1.6倍高値となりました。ホーソン効果が直接観察法に及ぼす大きさは些細なものではなく、直接観察法による遵守率は大幅に上昇していました。
また、2014年から2015年の直接観察法により収集された手指衛生機会は1四半期当たり平均255回でしたが、自動観察法によって収集されたデータ数は578倍多く、1四半期当たり平均147,308回でした。



図 四半期ごと(うち1四半期は報告義務なし)の内科病棟と外科病棟における直接観察法と自動観察法による手指衛生遵守率と、ホーソン効果ポイント=直接観察法の遵守率-自動観察法の遵守率

考察
オーストラリア政府に提出する手指衛生遵守率の観察には精度の高さが求められ、それは自動観察法の導入によってのみ達成可能です。一方、連日の手指衛生監視担当者による活動や注意喚起などの啓発(直接観察法の副作用)によって、臨床医が有する高い反応力を活性化し、習慣的な手指衛生遵守の実践につなげることが可能であると推察されます。
 
感想
直接観察法と自動観察法の結果には大きな差が認められ、直接観察法には無視できないほどのホーソン効果があることを報告しています。両法にはそれぞれメリット・デメリットがあり、併用によってより高い教育効果と手指衛生の実施が実現する可能性が高く、その重要性が分かります。日本においても、直接観察法による適正な手指衛生方法の評価(質的評価)と、手指消毒剤使用量調査による量的な評価を組み合わせて実践する施設の報告が、学会などを通じて増加傾向にあります。オーストラリアのように、日本でも自動観察法が普及すれば、正確な手指衛生機会数の算出に寄与することになり、精度の高い手指衛生遵守率の算出、施設間の比較やベンチマークの作成などに有効活用できる可能性があります。
しかし、このような手指衛生の遵守は、遵守することが目的となってしまいがちで、遵守することによって、費用対効果の観点から、どのくらい感染症が減少したかなどのアウトカム指標を正確に算出する必要があります。手指衛生が感染症減少に直接的に関与することが自施設内のデータで示されれば、手指衛生遵守率の低い医師への啓発にもつながることでしょう。

Hand hygiene compliance rates: Fact or fiction?
(Am J Infect Control.2018 Aug;46(8):876-880.)


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