集中治療室における気管支鏡検査に伴う水痘・帯状疱疹ウイルスの擬似集団感染

はじめに
軟性気管支鏡(以下、気管支鏡)は、気管支や肺胞の検査、肺の浸出液吸引のために急性期病院では広く利用されています。気管内にも微生物が常在しているため、気管支鏡の再生処理が拙い場合は、気管支鏡を原因としたアウトブレイクが発生する可能性があります。
今回ご紹介する論文は、集中治療室(ICU)において、気管支鏡の洗浄・消毒不良が原因と推定された播種性水痘・帯状疱疹ウイルス(VZV)による擬似集団感染事例です。
 
経緯と方法
33歳の男性が播種性VZV感染症のためICUに入院し、気管支鏡と気管支肺胞洗浄(BAL)を入院1日目、9日目、12日目、23日目に実施されました(播種性VZV感染症患者の唾液や浸出液中には、大量のVZVが含まれているため、感染性が高い状態といえます)。この3週間の間に、院内の別階にあるICU個室に入院していた新型コロナウイルス感染症(COVID-19)患者4人のBAL検体からVZVが検出され、集団感染を疑い調査されました。
COVID-19患者4人のVZV IgGを測定し、期間中にBAL検体を採取した患者に使用した気管支鏡の洗浄およびブラッシング検体と、自動内視鏡再処理装置の最終すすぎ水の100mLをサンプル検体とし、VZV DNA検査も実施しました。
 
結果
VZV陽性となったCOVID-19患者4人のBAL検体のPCRサイクル閾値(Ct値)は33.32–37.3の範囲でした(Ct値30以上は感染性が低いとされています)。すべてのBAL検体は同じ気管支鏡で採取されていました。この期間の前後11か月間と後の9か月間に採取された214のBAL検体からはVZVが検出されませんでした。
使用済みの気管支鏡は、洗浄消毒の訓練を受けた複数の看護師が再処理していました。プロトコルはメーカーの指示に従っており、直接観察でも再処理に問題はありませんでした。気管支鏡のチャネルと自動内視鏡再処理装置から採取した検体ではVZV DNAが陰性でした。
 
考察
COVID-19患者4人のVZV Ct値は高く、VZV IgGが急性感染や再活性化の可能性を否定しました。播種性VZV感染症患者を含む5人すべてが同じ気管支鏡が使用されており、その後の患者のBAL検体でVZVのCt値が高く、VZV IgGが陽性であったことから、気管支鏡のVZVウイルスまたはVZV DNA汚染による擬似集団感染が示唆されました。この事例は、適切な気管支鏡再処理の重要性を強調しています。
 
感想
この論文を額面通り受け止めれば、内視鏡の再処理不良があると、内視鏡を原因とした集団感染が発生する可能性があり、適切な再処理が必要、ということになります。それは確かにその通りで、異論を挟む余地はありません。しかし、この事例には実臨床の現場として評価した場合、多くの問題があります。
1つ目は、なぜ高すぎる感度のPCRでVZVを検査したのか。PCRは極低量の核酸でも陽性となってしまうため、VZVの院内感染を疑うために実施する検査としては適切性に欠けている可能性があります。
2つ目は、COVID-19患者4人のBAL気管支鏡から検出されたVZVに活性があったかどうかです。PCRは不活化した微生物の核酸まで検出してしまうため、感染性を考慮した対応が必要です。本文でも言及していた通り、Ct値に応じて、その後の対応(調査)を判断することが重要です。
3つ目は、VZVの感染経路を考慮していない対応です。VZVは一度感染すると、神経節に潜伏状態となり、宿主の免疫能の低下によって内因性感染し、帯状疱疹となります。COVID-19患者4人がVZV既感染であれば、たとえ初発者のVZVが気管支鏡によって曝露されても、感染は成立しません。特にIgGが一定量以上であれば、ほぼ間違いなく免疫によって曝露されたVZVは不活化されます。IgGが低値であった場合は、他者からVZVが感染する以前に、自身に潜伏したVZVで帯状疱疹が発症する可能性が極めて高いといえます。このようなVZVの特性に応じた評価をしていれば、COVID-19患者4人のIgGを検査し、一定量以上あった場合は、集団感染を考慮した調査は不要といえます。
ただし、この集団感染の調査が、論文執筆を想定していた場合は、上記の問題は不問と化すでしょう。もし、そうであれば、本文のリミテーションで言及してほしいのですが…。

Pseudo-outbreak of varicella-zoster virus associated with bronchoscopy in an intensive care unit.
(Infect Control Hosp Epidemiol. 2023 Dec;44(12):2105-2107. doi: 10.1017/ice.2023.213.)


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?