檸檬
母に会いたくないのかと聞いたことがある。
「会いたいよ」父は即答した。
昔話は、嫌いなんだけどな。
ぶつくさ言いながらも、口元が緩んでいた。
なりふり構わず、手を握って走る。
ガード下に隠れて、不安な夜を数える。
ジョンも言っていたよ。ベッドで愛を語ろうみんな武器を捨てて抱き合おう。
寺山修司も言ってたよ。
書を捨て町に出ろ。
朝日を迎えにいく
新聞屋のバイク
空を切りとり
貴女のポスト
目覚めのキスのかわりに
雀の歌を贈ろう
雨上がりの空に
虹をかけよう
すべての偶然は
僕からのサイン
忘れてくれるな
愛しい人よ
狭い部屋で、父が自慰行為をしていた。
嫌悪感は無かった。人間なんだな。
不器用に果てる姿を見ていたら抱き締めたくなった。
母の名前を呟くのが聞こえた。
繊細で透明な針を
白湯で丁寧に
飲み干す
一滴も残さず
人生のおまけでも良い。
一日でも良い。
貴女とふたり抱き合いたい。
巻末に書かれた言葉
それが父のすべてなのだろう。
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