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禍話リライト「怪談手帳より 風女」

◆この話は、二次利用フリーな怪談ツイキャスの「禍話」を書き起こしたものです。
シン・禍話 第二十九夜おかわり その2 0:00~06:53



「確か最初は普通のおばさんだったはずなんです。」
とAさんは語る。
『アマギ』という、表札のかかった町外れにある大きな館の主人であったらしい。
コートを着て、ショールを巻いて、町を歩き回るその女性は旦那さんに先立たれて未亡人になってから少しおかしくなってしまったのだと噂されており、誰からともなく『風おばさん』と呼ばれていた。
ふらふらと当所もなく徘徊しているからだとか、そんな程度の由来だった。
一昔前にはどこの町にもそんな話はあったようであり、どこか困った人や、本来増えにくい事情のある人々を突飛な呼称の下で共有の話題とする文化。
今も勿論そういう話題はあるだろうが、住人同士の関わり合いが今より強く噂話が頻繁に交わされてた頃にはより身近なものとして、彼らは日常の風景の中と現れていた。
『風おばさん』も元々はそういったありふれた奇人・変人の類だった。
しかしAさん曰く、それがいつの頃からか〝速く〟なっていったのだそうだ。
「速く、ですか?」
僕が思わず鸚鵡返しに聞くと
「言葉の通りです。風おばさんの動きが、どんどん速くなっていくんです。」
そういった。
「あれ?速いなぁ…と思っていたら駆け去るように消えていくんです。ふっと。」
「それだけならまだいいんですけど」
それはどんどんエスカレートし、まるでビデオの早回しの様に見え始めたかと思うと視界の隅にばかり映るようになった。
「それで最終的にですねぇ」
「残像みたいになったんですよ。」
建物の間や曲がり角のむこうに肌色と黄色と黒っぽい縞々がしゅっとよぎった印象だけが残る。
「あっ、今居たんじゃないか!?って一瞬遅れて気づくみたいな」
視界の隅にチラッとその色合いを感じるだけであっ、いると感じる。
気持ちのいいものではない。
それはAさんだけが見ている幻覚ではなく、街の住人の間でもあっ、いたねぇ、うん、今通ったねぇ、などといった会話がなされていた。
「今思えば明らかに異常でおかしいんですけど、自分がその中にいるときは分からないもんなんですねぇ。」
と言いながらAさんはそういえば、何故か誰も町外れの『アマギ』さんの家を訪ねていく者がいなかったということも教えてくれた。
結局高校に上がる前にAさん一家はその町から引っ越したのだが、30近くなってから再びその町を訪れる機会があったそうだ。
町へ向かう電車の中、取り留めもない雑多な記憶の中でふと、風おばさんのことを思い出した。
流石にもういないだろうけど、と思いながら駅に降りたのだという。
ところが、駅から出て街を歩き始めてすぐAさんはあの色合い、肌色と黄色と黒の縞になったようなそれを感じたのである。
あの時と全く同じ、でもそれは視界の隅によぎったわけではなかった。
「その…町全体に、ぼんやりと、感じるんです。」
町がその色で霞がかっているような、やけに活気のない倦怠感に満ちた町の風景に、肌色と黄色と黒の縞になったようなそれが。
「その時に思ったんですよ。あぁ…あのおばさんまだいるんだって」
「ちょっと言ってることが分からないかもしれないんですけど、あれからもずっと、速く速くなって、とうとう町そのものと混じっちゃったんじゃないかって」
Aさんはそんなことを考えてしまった。
「笑われちゃうかもしれないけど、その場で呼吸するだけでもそれを、それの一部分を、吸ってしまうような気がして」
彼女は早々にその町から逃げ出したのだという。





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