金のかもしか
前書き。
これからお話しするお伽話は、わたしの大好きなフレンドさんが、灯篭のあたたかい光の下、隠者の峠で語ってくれたものです。
自分の知っているお伽話や神話を交換するのが大好きな私達。様々な場所にルーツを持つ彼女は、たくさんの美しい話を教えてくれます。これから眠る小さな子のために読まれる一冊の絵本のように、いつも私の心にあたたかいものを灯してくれる彼女にたくさんのハグエモートを贈るとともに、今回の素敵な企画を考えてくださった書庫番(@tosyonoko)さんに最大限のビッグラブと感謝を!
この記事は
skyアドカレ2023参加記事です。
https://adventar.org/calendars/8533
金のかもしか : インドの昔話より
ひとりぼっちの男の子
昔々のことです。あるところに、一人の男の子が暮らしていました。
小さな村に住み、日がな一日汗を流して畑を耕し、小麦を育てる毎日でした。
男の子には、おとうさんも、おかあさんもいませんでしたが、なにぶんたいへんな働き者でしたので、一人でもたくましくその日その日を生きてゆくことができたのです。
ある日のこと、男の子がいつものように懸命に働いていますと、森からなにか大きな動物が飛び出してきて、畑に躍り出ました。
「おや。なにか今しがた、ぼくの前を横切ったようだが」
男の子は額の汗をふきふき、顔を上げました。見るとそれは、金貨をきらきらと撒き散らす、美しい金色の毛並みをしたかもしかなのでした。と、かもしかが逃げてきた方面からひゅっと音がして、矢が男の子の足元近くに突き刺さりました。
「そうか、そうか、追われているのだね。さあはやくこの中にお逃げ」
きっと王様が近くで狩りをしているに違いありません。男の子は地面に散らばった金貨を茂みに捨て、木のうろに素早くかもしかを隠しました。間一髪、男の子の見立て通り、王様とその一行が馬に乗って騒がしく現れたのは、そのすぐ後のことだったのです。先頭に立つ王様は、いっとう立派な白馬にまたがっているようでした。
「そこの者、黄金のかもしかが逃げてゆくのを見たろう。どこへ逃げた、答えよ!」
王様がわめきました。男の子は、ひざまずいて、
「偉大なる王よ。かもしかならあちらの方へ逃げてゆきました」
「そんなはずはない。ほれ、あれの足跡は確かにここで終わっておるのだ」
「いいえ、あれをご覧ください。茂みに金貨が散らばっております」
王様は、大急ぎで馬を降り、男の子の投げ捨てた金貨を拾い集めて、
「おお、そうじゃ。この方向に逃げたに違いない。追え!大急ぎじゃ!」
お気に入りの白馬に乗るや、従者たちを従えて去っていってしまいました。男の子はほっと息をつきました。
おっかなびっくり、木のうろから出てきた金のかもしかは、三べんも四べんもお礼を言って、
「小さな兄弟よほんとうにありがとう。私は遠く離れた古い遺跡の向こう、ジャングルの中、骨折れ山のそばに住むかもしかです。困った時は訪ねにおいでなさい」
「どうもありがとう、かもしか、さあ王様は行ってしまったのだから、はやくおまえの住むところにお帰り」
こうして男の子は、金のかもしかを王様の矢から守って逃がしたのでした。
十枚の金貨
ある日、男の子は、王様の家来がジャングルで虎に食べられそうになっているところを発見しました。やさしい男の子は自分の引いていた牛にまたがって、虎を追い払いましたが、命からがら助かった家来の言うことには、
「こんなただの大きなねこなんぞに、おれが襲われてたまるものか。この破れた衣も傷ついた馬も、なにもかも、このいまいましい子どものやったことだ」
家来はそう言って、腹いせに男の子を宮殿に連れて行き、王様の前に引っ立てました。男の子が何べん違うと言っても聞きません。欲張りな王様は、ふうむと顎に手を当てました。
「そちは先だってに、金貨をばら撒く美しいかもしかを見た者であろう。罰として、金貨十枚をわしに献上いたせ。次の夜明けまでに持ってこなければ、そちの首が飛ぶと思え」
「おそれながら…」
「異論は許さぬ、さあゆけ」
とぼとぼと宮殿を去る男の子の背中を見届けながら王様は、新たな収入の予感にほくそ笑むのでした。
さて。貧しく、欲のない男の子が、金貨を十枚も持っているはずがありません。茂みに投げた金貨は王様が拾っていってしまったのですから、男の子は困ってしまいました。あの日助けたかもしかのところへ行って、助けを求めるほかありません。家に帰るや、さあ時間がないと、男の子は飛び出すようにかもしかのすみかを目指して出発しました。
すでに夕暮れどきの道中は、さびしいものでした。男の子が村を抜けてジャングルに差し掛かると、ちょうど、大きな蛇が小鳥をきょうの夕食にしようと狙っているところでした。
「蛇おやめ、ぼくが代わりにミルクをあげよう」
男の子はヤシの実を割って蛇に与え、小鳥を逃してやりました。小鳥は、たいそう喜んで、
「大きな兄弟、ありがとう。こんなところで何を探しているの」
「金のかもしかを探しているところだ」
「それならついておいでなさい」
小鳥は、道の途中まで男の子を案内してくれました。
男の子がジャングルを歩いていきますと、地面の下から何やらちいさな鳴き声が聞こえます。足元の大きな葉っぱをのけると、虎の子がどうやら二匹ばかり罠にはまって、深い穴から出られないでいるのでした。
「おおかわいそうに、いま穴から出してあげよう。さあおいで」
男の子がそう言って、虎の子たちを穴から抱き上げると、茂みから一目散におかあさんの虎が現れました。
「わたしの子どもたち!ちいさな兄弟よ、ありがとう」
おかあさん虎も、やっぱりたいそう喜んで、男の子に尋ねました。
「こんなところで何を探しているの」
「金のかもしかを探しているところだ」
「それならお乗りなさい」
虎は男の子を背に乗せて、道の途中まで走っていってくれました。
虎ともお別れをして、男の子は古い遺跡にさしかかりました。ああここはかもしかの言っていたところに違いない、と思って歩いていますと、ひび割れたような叫び声が聞こえます。足に小さな槍が刺さったぞうが、たった一人で泣いているのでした。男の子は近づいて、槍を抜いてやりました。
「ちいさな兄弟、ほんとうにありがとう」
ぞうも喜んで、大きな鼻をゆっくり左右に振りました。
「こんなところで何を探しているの」
「金のかもしかを探しているところだ」
「そうか、わたしの背にお乗り」
もう、すでに日はとっぷりと暮れています。満天の星の下、ぞうの大きな背に揺られて、男の子があたりを見渡しますと、もうかもしかのすみか、骨折れ山のすぐ近くまで来ていることがわかりました。
ふしぎな笹笛
男の子はぞうにお礼を言って、背から降りました。ざわめく笹の林や花畑を通り過ぎ、道を奥へ奥へとゆきますと、待ちわびた金のかもしかが、目の前にさっと現れたではありませんか。
男の子は喜んで駆け寄って、
「かもしか、会えて嬉しいよ」
そして、かもしかに今までのことをみんな話しました。
かもしかは、
「そういうことなら、さあこの金貨をお取り」
と、細いひづめを振り上げて金貨を散らしてくれました。
「それから、そこに生えている笹の茎を持っておゆきなさい。これを笛のように三回吹けば、ちいさな兄弟、あなたがどこにいてもすぐ飛んでゆきますからね」
男の子はかもしかに、丁寧に、お礼とお別れを言いました。空はだんだんと明るくなってきているようでした。
「夜明けに間に合わないでしょう。私の背にお乗りなさい、ひとっ飛びで着きますよ」
かもしかは男の子を宮殿まで送ってくれました。暗かった空はちょうど、あけぼの色に染まろうとしているところでした。
よくばりな王様
やっとの思いで男の子が王様を尋ねると、王様はもう待ちきれないといった様子で待っていました。男の子は王様の前にひざまずいて、言いました。
「おおせの通り、金貨を十枚持ってまいりました」
男の子が金貨を王様に見せると、王様は金貨をしげしげと見つめて、にやりと笑いました。
「これは、金のかもしかがそちに出した金貨であろう。かもしかに、会いにいったのであろう」
「はい、王様」
男の子が仕方なく答えると、王様の笑みは、ますます深くなって、
「どこだ。かもしかはどこだ、教えよ」
「おそれながら、それはできませぬ!」
やさしい男の子は、一歩後ろに下がって言いました。その手に持っているものに、王様は目ざとく目をつけて、
「おや、その手に持っているものは何だね。見せよ、笹の笛ではないか!」
そして、笛をすばやく、取り上げてしまいました。
「おおかた、この笛もかもしかからの入れ知恵だな。そうであろう」
そう言って、王様は力いっぱい、笛を吹き鳴らしてしまいました。
続けてもう一回、笛を鳴らし、さらにもう一回。
そして王様が四回目を吹く前にはもう、かもしかは風のように、男の子の前に現れていたのでした。
金貨の山と、王様と
「私を呼びましたね、兄弟?」
男の子のいる宮殿に降り立った金のかもしかは、宮殿の装飾もくすんで見えるほどの美しさでした。男の子は、かもしかに向かって、
「王様が呼んだんだ。かもしか、はやく逃げて」
と叫びましたが、かもしかは動きません。大きな目で、まっすぐに王様を見据えて、
「では、あなたが私を呼んだのですね。あなたは、金貨が欲しいのですね」
「そうじゃ。金貨じゃ」
王様は、大きく頷きました。
「では金貨を、いくらでも、欲しいだけお出ししましょう。しかし、王よ、ひとつ覚えておいでになってください。
あなたが『もう十分だ』とか、『多すぎる』とかおっしゃって、私をお止めになれば、いいですか、たちまち金貨は石に変わってしまいますよ」
王様はそれを聞いて、笑いました。
「金貨に、多すぎるなどということがあるものか。分かったから、はよう金貨を出せ」
それを聞いてかもしかは、宮殿のあちらこちらを飛び回り始めました。かもしかが金の毛並みを光らせ、ひと跳ね、ひと跳ねするごとに、それはそれはたくさんの金貨が床いっぱいに散らばります。
それは増えるにつれて、まるで金色の海の潮が満ちるように、積もって、積もって———
とうとう王様を体ごと、埋め尽くすほどになってしまいました。
「やめろ。もう、十分じゃ!」
王様がたまらず叫んだときには、全てが手遅れになっていました。
「ちいさな兄弟、もうゆきましょう。王様は、石にうずめられてしまいましたよ」
「そのようだね、もう、行こうか、かもしか」
男の子と金のかもしかは、ならんで、静かに宮殿を後にしたということです。
おしまい
語り: atakoのフレンド
翻訳・補足: atako
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?