「マネーの女神」本編


「お、お金が空からふってきた・・」
 森のなかで、幼い兄弟が満月の空を見ながら驚いている。
ひらひらと、たくさんのお金がふってくる。
「こ、これ、本物のお金よ、お兄ちゃん!」
 妹が、お金を手に取り、目を輝かせる。
「やった!いっぱい、いや、全部取るんだ!!」
 兄が妹に言いながら、夢中でお金をつかみとる。
妹も、興奮してお金をポケットにつめる。
 森の木の枝に、小さなふくろうがとまっている。
「すごい、これであたしたち、お金持ちよ!」
「これで貧乏暮らしから抜け出せるんだ!学校にだって行けるぞ!!」
 手を取り合い、喜ぶ兄弟。
 ふくろうは、満月の空を飛んでいく。


 山の麓の小さな町。
 町の奥のレンガ造りのアパート。
 2階の部屋の窓が開いている。
 アリサ(22)は、デスクに座りペンを走らせている。
 デスクの上には紙幣が山積み状態。
 窓のふちに、ふくろうがとまる。
 アリサは、サングラスの奥からキラリと目を光らせる。
 ふくろうは、紙幣を1枚くわえている。
「ふふ、ごくろうさま。アブンダンディア」
 アリサはデスクから顔をあげサングラスを外すと、ふくろうがくわえた紙幣を指でつまむ。
「これでまた、わたしのお金が笑ったわ」
 紙幣の真ん中に描かれた女神が、微笑んだように見える。
アリサもニコリと笑う。
部屋の棚には、ズラリとさまざまなデザインの紙幣がつまれている。
「みーんな、わたしが造ったお金よ、すばらしいコレクションでしょ!」
「お金、大好きー!!」
アリサ、両腕をひろげ、デスクの上の札が部屋に舞う。

ナナ(17)は、バックを抱え街のなかを走っている。
ときおり、怯えるように後ろを振り返ると細い路地のなかに入っていく。
 ハアハアと息をはずませながら、バックを開ける。
中には紙幣が入っている。
「おい。待てよ」
チンピラ風の若者が、ナナの前に立つ。
「あんた、そのバック、<ムーンライト>のものだな?」
 若者、ナナに歩み寄る。
「もう、やめることはできねえよ」
「は、放してください!」
 若者、バックをナナから取り上げる。
「か、返して!」
「どれ、中身を確認するぜ」
 突然、空から、ふくろうが飛んでくると若者の頭を鋭いくちばしでつつく。
「な、なんだ?このふくろうは!?」
若者、バックを地面に落とし、ふくろうを振り払おうとする。
が、ふくろうは、すばやく若者の手をかわし何度も頭をつつく。
「い、痛え!!」
若者は、頭をおさえ走り去っていく。
ナナ、その場にヘナヘナと座り込む。
「大丈夫?」
路地の脇から、サングラスをかけたアリサが出てくる。
アリサはバックを拾い上げると、ナナにバックを差し出す。
「あ、ありがとうございます・・」
ナナ、消えそうな声でバックを受けとると
その場で震えだす。
「ねえ、そこのレストランで休まない?」
「あ、あたし、お金が・・」
アリサ、ポケットからぴっと札束を出す。
ナナが目を白黒させる。
「これ、正しいお金だから」
「?」

レストランの窓際の席。
アリサとナナ、向かい合って座る。
ナナがパスタを夢中でほおばるのを、アリサは笑って
「よっぽど、お腹が空いてたのね」
ナナ、ハッとフォークを持つ手をとめて
「ご、ごめんなさい。ご馳走になってるのを忘れてました・・!」
「いいのよ、こういう時のお金を造ってるんだから」
「?」
「タバコ、いいかしら?」
アリサは、タバコに火をつけると
「それで、ナナさん、だったかしら。
どうしてあなたが襲われていたのか、理由を聞きたいんだけど」
アリサのソファの横には、カゴが置かれている。
カゴのなかにはふくろうがおさまり、ナナをじっと見ている。
「あたし、盗まれてしまって・・」
「盗まれた?お金を?」
ナナがコクリとうなずく。
「いくらくらい?」
「3億円です」
アリサは、煙を吐き出し
「なるほど。大金ね」
ふくろうは、目をつむる。
「正確には、兄が盗まれてしまったんです。昔からお金には、だらしなくって・・」
「男なんて、みんないっしょね」
「は?」
「ううん、なんでもないわ、話をつづけて」
「その盗まれた3億円が銀行から借りたお金なんです」
ナナは、小さなため息をつく。
「だから、期日までに3億返さなければならなくて・・」
「なるほど。それであなたが働いて返そうって筋書きね」
「はい。<ムーンライト>っていう水商売のお店で働いて返そうと思ったですが、そこも潰れてしまって・・。さっきの男は、その時お店にいた男です」
ナナは、バックのなかを見る。
「残ったお金はこれだけ。とても3億円には・・・」
ナナのため息が大きくなる。
「でも、ウソにひっかかる兄も悪いんだから、仕方ないかなとも思います」
「確かにあなたのいう通りかもね。でも、だましたウソつきは許せないわ」
アリサがタバコを灰皿につぶす。
「それに、正しいお金は必要よ。人を笑顔にするから」
「は?」
「満月さまだって許してくれるわ」
「・・・・?」
ナナは不思議な顔。
「ナナさん、盗んだ相手の手がかりとかはあるの?」
ナナは、やや緊張した顔でバックからハンカチを出す。
「これが、盗まれた現場に落ちてたそうです」
サングラス越しにアリサの目がキラリと光る。
「これ、ちょっと、貸してね」
「え、ええ・・」
「じゃ、ナナさん、返済期限はいつまでなの?」
「あ、来週の土曜日です」
「10月10日ね。わかりやすくていいわ」
「は、はあ・・」
アリサ、席を立つと札束をナナの前に置く。
「?」
ナナが、アリサを見る。
「期限までの生活費よ。あとで返してくれればいいから」
「こ、こんなお金・・」
アリサはウインクをして、レストランを出ていく。
同時に、ふくろうも、ナナにむかってウインクをする。

アパート2階の自室。
「アブンダンディア、なんで、ナナさんをずっと見てたの?」
ふくろうは、目を下に向ける。
「アブンダンディア、あなた、まさか・・」
アリサは、サングラスをはずしベッドに座る。
「まあ、いいわ。ところで、これが連中の証拠みたいね」
アリサは、ハンカチをふくろうに見せる。
「アブンダンディア、あなたなら、この持ち主がわかるわね」
ふくろう、強い視線を向ける。
「じゃ、いってらっしゃい。夜までに見つけるのよ」
ふくろう、ハンカチをくわえ空へ飛んでいく。
「ちょっとー、アリサさん、いるのー?」
ドアをドンドンとたたく音。
アリサはドアを開けると、大家のおばさんがたっている。
「今月の家賃、まだよー。来週までにお願いねー」
「は、はい、もちろん」
おばさんが1階へおりていく。
「アブンダンディア、頼むわよ」
アリサ、空に向かって言う。

ふくろう、海のそばの町の街頭に止まっている。
やがて、ストリートのベンチに座っている黒コートの男に目をつける。
黒コートの男、手に持ったアタッシュケースを開ける。
なかに札束がギッシリつまっているのを見るとニヤニヤ笑い、ゆっくり閉める。
ふくろう、山の方角へと飛んでいく。

「お金は好き。でも、ウソつきは嫌い・・」
アリサがベッドの上でぶつぶつ寝言を言っていると、ふくろうがとまった音で目を覚ます。
「あ、お帰りなさい、アブンダンディア。見つけてきた?」
ふくろうは、くちばしで棚の右はじの紙幣をコツンとつつく。
「これね?いいわ」
アリサは、ニヤリと笑うと、その紙幣を取って窓の外を見る。
「見て。今日は、満月よ・・、お金造りには最高の夜ね」
アリサ、紙幣を満月に向けてかざす。
「満月さま、満月さまー。今夜、わたしがお金の女神になるのをお許しくださいー」
「ようし、ウソつきにおしおきよ」
アリサ、紙幣にキスをする。

海沿いの空港。
人があふれている。
黒スーツの男が、落ち着かない顔でアタッシュケースを運んでいる。
立ち止まり、周りを見るとホッとしたようにベンチに腰を下ろし、タバコを吸う。
サングラスをかけた女性が、右手にコートを抱え黒スーツの男の前を通りすぎる。
タバコを持った手が女性のコートにあたり、タバコが床に落ちる。
「あ、ごめんなさい」
女性が謝ると、黒スーツの男は床のタバコを拾おうと身をかがめる。
女性、コートの中からアタッシュケースを出すと、一瞬で黒コートの男のものとすり替える。
「本当にすみません、私の不注意で・・」
「いやいや、あなたのような美人なら大歓迎ですよ」
 黒スーツの男は、ひきつった笑みを浮かべる。
「まあ、おじょうず」
女性は会釈をして、その場を離れる。
黒スーツの男、アタッシュケースを開ける。
ギッシリと紙幣が入っている。
黒スーツの男、ニヤリと笑い空港の中を進んでいく。
アリサ、サングラスをはずし、ニヤリと笑う。

夜の港。
倉庫の中には、たくさんのコンテナが並んでいる。
黒コートの男、倉庫にそっと入ると、また落ち着かない顔で中を見渡す。
「おい、持ってきたぞ!」
黒コートの男は、必死に大声をだす。
倉庫の中がライトで照らされる。
黒コートの男、ハッとすると白、茶、緑のコートを着た3人の男たちが奥から出てくる。
黒コートの男、ゴクリとつばを飲み込む。「ほら、3億円だ!」
黒スーツの男が、得意気にアタッシュケースを開ける。
だが、全員、その場で石になる。
「おい、なんだこの金は?ただの紙だぞ!」
白スーツの男が怒鳴る。
「な、なんだって?」
黒スーツの男、なかを見ると青ざめる。
白い紙の束が並んでいて、真ん中にピンクのサインが描いてある。
「な、なにかの間違いだ。俺はちゃんとこの目で確認したんだ!!」
「へたなウソをつくな。じゃ、これはどういうことだ?」
黒コートの男、震え上がる。
「ん?なんだ、こりゃ?」
 茶コートの男がアタッシュケースの中から小さなマイクを取り出す。
「ウソつきのみなさん、こんにちはー」
突然、マイクからの大きな声に男たち飛び上がる。
「顔は見せられないけど、とびきりの美人で、お金が大好きなアリサでーす」
「ふ、ふざけるな。お前、いったいどういうつもりだ?」
と白コートの男。
「ふざけてないわ。ウソつきさんにおしおきするだけー」
のんびりなアリサの声。
「そんなことは、どうでもいい!!この札はどういうことだと聞いてんだ!」
と黒コートの男が叫ぶ。
「あー、それね。空気に触れると、もとに戻るのー」
4人とも、紙の束を見る。
「ちなみに、それ、わたしのサインだから。かわいいでしょー」
よく見ると、ピンクで<Arisa>と描かれている。
「なんせ、たくさん描いたから、ちょーっと指が痛いけど」
黒、白、茶、緑コートの4人がパニック状態。
「ふっざけんな!この女!!取っつかまえて、しばりつけてやる!!」
と緑コートの男が叫ぶ。
「それがねー、しばられるのは、そっちなのー」
「????」
「まわりをよくご覧なさい。警察のおじさんたちが、目光らせてるでしょ」
突然、たくさんの警察官が倉庫に流れ込んでくる。
黒、白、茶、緑コートの4人、泣きそうな顔になる。
4人、あっという間にしばりつけられる。
「たしかな通報。ご協力感謝します」
一番年長の警察官が、ビシッと敬礼ポーズでマイクに言う。
「いーえ。じゃ、またー」
アリサ、小型マイクを海に捨てるとニヤリと笑う。

 アパート2階の自室。
「やったー、3億円もどったー」
 アリサ、アタッシュケースの中の札を全部びしっと数える。
「でも、ちょっとくらい報酬でもらってもバチはあたらないわよねー」
 ふくろう、アタッシュケースをしっかりくちばしで押さえると両翼で包む。
「え?さ、3億円全部?」
 ふくろう、じっとアリサを見る。
 アリサ、ふうっと息をはいて
「しょーがないわね。じゃ、今回は特別サービスで、全部ナナさんにもってっていいわ」
「!」
ふくろう、アタッシュケースをくわえ、夜の空を飛んでいく。
「ったく、女の子に弱いんだから」
「まあ、いいか」
アリサ、苦笑する。
「お金、大好きー!!」
アリサ、ベッドの上に大の字になる。

ドンドンとドアを叩く音。
アリサ、跳ね起きる。
「ちょっと、今月の家賃、まだ払ってませんよ!!」
 大家のおばさんの声。
アリサ、ドヤ顔でアタッシュケースに手を伸ばす。
「!!」
が、ないのに気づく。
「あ、3億円、持ってかれたんだった」
アリサ、そっとドアを開けると、おばさんがにらんでいる。
「あ、あの・・・」
「はい?」
「お金は、計画的に使いましょうね」


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