「たい焼き王女の逆襲」本編


  
「お、お嬢様、そのカッコウは・・」
 世話人の桃香(20)は声をわなわな震わせる。
 黒のプリントTシャツにジーンズ姿のミサキ(13)がドヤ顔で立っている。
「へへ、似合うでしょ」
 ミサキ、くるりと回転する。
「まるで、男の子のカッコウ・・」
「いずれ王女になる方には、このようなドレスを」
 桃香、白いドレスをひっぱり出して見せる。
「じゃ、いってきます」
「え?」
ミサキ、城の門をくぐり走り出す。
「お、お嬢様、どちらへ?」
「お魚がいっぱいいるとこ」
「???」
 ミサキ、下り坂を走って行く。
 先には、城下町が小さく見える。
 城の窓からサユリ(40)が見ている。

 城下町のストリート。
 屋台が並んでいる。
 ミサキ、迷うことなく一番奥の青い屋台に走って行く。
「こんにちはー」
 店のおじさん(55)がミサキをちらりと見るものの、なにも言わずに鉄板に視線を戻す。
 鉄板の上にはたくさんのたい焼きがならび、じゅうじゅうと香ばしい匂いがあたりに広がっている。
「注文するのか、しないのか?するなら早く言え」
 おじさん、たくさんのたい焼きをすばやく包装紙に包んでいる。
「うーん、じゃ、今日は、チョコバナナとマーマレードと抹茶ミルク、お願いします」
「3つもか?よく食う娘だ」
 おじさん、ミサキをジロリと見る。
 ミサキ、舌を出してエヘヘと笑う。
「ほら」
 おじさんが、たい焼き3つをミサキに渡す。
 ミサキ、お金をおじさんに渡す。
「どーもありがとう。いただきまーす」
ミサキ、すぐさま1つを口に入れる。
「おいしー、マーマレード最高!」
ミサキ、ぱくぱくとたい焼きをたいらげる。
「俺の新作だからな。世界一の味だ」
おじさん、ニヒルな笑みを浮かべ、タバコに火をつける。
煙を吐き出したあと、右の頬にあるキズを指でなでる。
「お前さん、この前もきたよな?この町のガキじゃないんだろう?」
 ミサキ、抹茶ミルクを口に入れたままおじさんを見る。
「やはりそうか。お前さんからは貧乏人の匂いがしない」
 おじさん、タバコを地面に捨てる。
「食い終わったらとっとと帰んな。ここは、お前の世界じゃない」
 ミサキ、むかいのお店で同い年くらいの少女が荷物を運んでいるのを見る。
 服は、ところどころ擦りきれている。
 荷物を、裏の広場に運んでいく。
 ミサキ、少女のあとについていく。
 荷物を全部下ろし終わり、ほっと息をはいてベンチに座り込む少女。
ミサキ、チョコバナナのたい焼きを少女に出す。
「これ、食べて」
「?」
 少女、驚いた顔でミサキを見ると、ゆっくりたい焼きを受けとる。
「あ、ありがとう・・・」
 ミサキがにこりと笑みを浮かべると、少女はたい焼きのシッポをかじる。
「おいしい・・・」
少女、続けてたい焼きの頭の部分まで一気にほおばる。
「あー元気でたー。このたい焼き、最高だねー」
少女、満足そうにベンチにもたれ掛かる。
「なんせ、今朝も5時から働いてたからお腹ペコペコだったのー」
 ミサキ、目を開いて
「ま、毎日やってるの?」
「んー、週イチで休みあるけど、なんせ貧乏人だから」
と少女は苦笑い。
「でも、たい焼きのおかげでパワー全開!」
少女、広場の時計を見る。
「じゃ、仕事あるから」
ベンチから腰を上げ、店に戻っていく少女の背中を見つめるミサキ。

ミサキ、たい焼きの屋台に戻ると、おじさんがたい焼きを作りながら
「なんだ、まだいたのか?」
「おじさん、修行をさせてくれませんか?」
「?」
おじさん、顔を上げる。 
「お前、俺の弟子なるってか?」
ミサキ、うなずく。
「俺は、ガキは嫌えだ」
 おじさん、ミサキを見ないで、再びたい焼きを作り始める。
「それに俺は、おじさんじゃねえ、親方だ」
 やがて、頭に巻いたタオルを外すと
 <ただいま休憩中>
と書かれた看板を置いて
「タバコを買ってくる」
とおじさんは人混みに消えていく。 
ぽつんと残されるミサキ。

サユリと桃香、ストリートをどんどん進んでいく。
やがて前方から、おじさんが機嫌の悪そうな顔で歩いてくるとサユリと肩がぶつかる。
サユリ、よろける。
「おっと、ごめんよ」
おじさんは、無愛想にいうとスタスタと進んでいく。
「まあ、失礼な男」
むすっとする桃香。
「いいんですよ、これくらい。それより・・」
「え?」
「今の、男性・・」
「ええ、柄が悪そうでしたね。頬にキズなんかありましたよ」
「・・・・・」
「サユリさま?」
「なんでもありません、行きましょう」
サユリと桃香、気を取り直し進み始める。

「ミサキ」
背後からの声にミサキは振り向く。
サユリと桃香が並んで見ている。
「ミ、ミサキさま、こんなところで・・」
桃香、わなわな震えながら信じられない表情。
「一国の王女なる方が、庶民のたい焼きなんて、そんな・・」
「サユリおばさま・・」
ミサキはサユリを見て困惑した声。
サユリ、冷静な目でミサキを見る。
「お魚がいっぱいって言ってたので、もしかしたらと思ったのだけど」
 サユリ、たい焼き屋台を見て
「このことだったのですね」
サユリ、ゆっくりとストリートを見回す。
「ミサキ、あなたは、王女になるのが嫌なのですか?
 ミサキがうつむく。
サユリ、微笑を浮かべる。
「いいわ」
「「?」」
「サユリさま?」「おばさま?」と驚く桃香とミサキ。
「たしかに、王女になるには課外体験も必要です」
「ここでの体験を認めます」
「ほ、本当ですか、おばさま?」
「サ、サユリさま。い、今、わたしたちには、あまりお金の余裕が・・」
「桃香」
とサユリは桃香をにらむ。
ハッと口をつぐむ桃香。
「もちろん、ここにいる桃香が証人ですわわ」
「わ、私が・・・?」
「じゃ、ミサキ、しばらくしたら迎えにきますわ。何か必要なものがあれば桃香に連絡するように」
「はい、おばさま、ありがとうございます」
 ミサキ、帰っていくサユリに深く頭を下げる。

「サユリさま、なぜ?」
「私は、王族に新しい風が必要と思っているの」
「新しい風?」
「確かに、ミサキはちょっと変わってます。ですが、風を感じます。あの子の母親とおなじように」
「・・・・?」
「ところで桃香、さっき行った通りミサキのことはお願いね。まずはミサキの住む家を確保してちょうだい」
「もちろん、お金の心配はないから」と強く言うサユリ。
「は、はい、お任せください」
 桃香、視線を空に泳がせる。
「でも、さっきの頬のキズの男、どこかで・・」
 サユリ、ニヤリと笑みを浮かべる。

「ふん、なんだこれ」
おじさん、ペッと口の中のたい焼きを吐き出す。
「最低だ」
「お前、才能はゼロだ」
おじさん、ミサキが作ったたい焼きをゴミ箱に捨てる。
「とっとと帰んな」
「そんな。わたし、料理は自信あったのに・・」
ミサキ、ハアとため息をつく。
「こんばんは。ココア味4つね」
坊主頭の少年(13)がミサキに小銭を出してくる。
「?」
「キミ、新顔だね」
「は、はい。今日から、ここで修行させてもらっているミサキっていいます」
「修行・・。キミ、よくこんなとこに修行なんかきたね。ここのおじさんは変人で有名なんだよ」
「そんな、変人だなんて・・」
「本当に世間知らずなんだね。まあ、せいぜいやってみな。ムリだと思うけど」
たい焼きのシッポを口に入れ、去っていく少年。
ミサキ、少年に向かってイーと舌を出す。
おじさん、奥からヌッと顔を出す。
「今日は、もう店を閉めろ」
「は、はい、おじさん」
「だから、おじさんじゃねえって」
「それと、お前にって手紙を渡された」
ミサキ、おじさんから手紙を受けとる。
桃香の名前が書いてある。 

「えっと、確か、このあたり・・」
ミサキ、大量の材料を両手に持って、坂を上っていく。
「手伝うよ」
少年がひょいとミサキの荷物を持つ。
あぜんとするミサキ。
「つ、ついてきたの?」
「いや、たまたま見かけてさ。たい焼きもらえるかなと思って」
 ミサキ、むすっとして
「あれ、おじさんが作ったのよ、わたしのじゃないわ」
「そうか、あの味は独特だもんな。キミにはまだムリだよな」
「わかるの?」
「味つけが、ほかのたい焼きとは違うんだよ」
坂を登りおわると、キレイなコテージが目の前にあった。
「ここだ」
「桃香、こんなところをわたしのために・・」
「キミ、結構いいとこに住んでるんだね。金持ちなの?」
少年、驚いてミサキをのぞきこむ。
「とっとと帰って、あなたにも、家族がいるでしょ」
「あ、おじさんの口ぐせが・・・」
ミサキ、口に手をあてる。
「おあいにくさま、俺は、一人暮らしなのさ」
「?」
「家出少年だからさ、俺は」
「この町には、俺みたいなガキが結構いるのさ。たぶんキミとは関係ない世界だけど」
 ミサキ、肩でため息をつくと、ポケットからリングを取り出して
「これ、あげるから、今日は帰ってくれる」
 少年、しげしげとリングを見る。
「なあ、この紋章って、もしかして、王族の・・?」
「貴重なのよ。そのかわり、もう家にはこないって約束してくれる?」
「男でしょ。わたし、約束守らない男って大嫌いなの」
「わ、わかった。今日は帰るよ」
 少年、材料の入った荷物を玄関に置くと家から離れていく。
「これ、ありがとー」
ミサキ、なにも言わずに家に入って行く。
「変なやつ」

ミサキ、コテージに入るとリビングの真ん中に大きな箱が置いてある。
「これは・・」
 箱の中にセーターが入っている。
 そばに手紙が貼りついていたので、ミサキは封を開ける。
サユリの名が記されている。
<これからは冬。あなたの母親が着ていたセーターよ。これを着なさい>
「お母さまが着ていた・・?」
ミサキ、セーターを着る。
「あったかい・・」
 ミサキ、キッチンに材料をならべ、たい焼きを作りだす。 
 時計の針は夜10時を指している。
 ミサキ、両手でげんこつをつくり頭を押さえる。
「そういえば、二人とも・・」
「このシッポの部分・・」
「そうか、これだ」
ミサキ、材料を混ぜなおす。
やがて朝日が登り始める。
が、大きな雨雲が空を覆い始める。

雨が窓を叩いている。
やがて、ドンドンとドアを叩く音。
ミサキは、重いまぶたをあげてドアを開けると少年が立っている。
びしょ濡れの姿。
「ちょっとー、もう来ないって言ったじゃない」
「大変なんだって!」
「?」
「おじさんが、急に倒れたって」
「おじさんが?」
ミサキ、セーターのまま家を飛び出す。
「キ、キミ、どこへ?」
「きまってるでしょ!」
雨の中、セーターがびしょ濡れになる。

町の病院に入ると、おじさんがベッドで寝ている。
「たいしたことありませんわ。ただの疲労です」と看護婦。
ミサキ、ホッと胸をなでおろす。
サユリと桃香、廊下の奥からそっとミサキを見つめる。
おじさん、ゆっくりと目を開ける。
「おじさん、これを」
ミサキ、たい焼きを出す。
「食べてください」
 親方、しばらくミサキを見る。
 やがて、無言でたい焼きを取るとシッポから食べ始める。
「ふん、きづいたらしいな」
「この部分の味つけが決めてだ」
 最後に頭をガブリと飲み込む。
「まあ、悪くない」
「お前、これ自分で作ったのか?」
「はい、おじさん・・・」
「おじさんじゃねえって言ってんだろ」
 おじさん、ふうっと息をはく。
「とっとと帰れといいたいが・・、悪くない」
 おじさん、ミサキに視線を投げる。
「いていいんですか?」
「悪くないからな」
「タバコ買ってこい」
「はい!」
 ミサキ、ストリートに向かう。
 サユリ、笑みを浮かべる。

「よかったな!」
「うん」
ミサキと少年、手を取り合って喜ぶ。
ハッとしてミサキ、少年から手をはなす。
「なんでいるのよ」
「これ、返すよ」
少年、リングを見せる。
「お金にしなかったの?」
「なんか、もったいなくってさ。それにキミ、もしかして、俺のこと好きなのかなと思って」
「とっとと帰って」
「どっかで聞いたようなセリフ・・。あ、待って、俺の名前なんだけどー」
「聞きたくないわ」
「変なやつ」
ミサキ、ストリートを足早に進む。

城の中を歩くサユリと桃香。
「サユリさま・・」
「これでいいのです」
サユリ、ピタリと立ち止まる。
「それに、あの男性は」
「?」
「あの人も、王族ですわ」
 桃香、ポカンと口を開け立ち尽くす。
 サユリ、そのまま城の中を進んでいく。

 城の寝室、ミサキの母の写真。
「お姉さま、ミサキは新しい風になるかもしれませんわ」
サユリ、ニヤリと笑みを浮かべ照明をOFFにする。
             <END>

#ジャンププラス原作大賞

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