ゆめみの給与額自己決定制度に関する最大の課題

ゆめみでは事前に面談をうけることで給与額を自己決定できるという制度となっている。本当に”自律”出来ている人間であれば全体的に見て最適解に落ち着くだろうという仮説に従うものであり、現時点ではこれでいいと思う。

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ただ、上記の記事を書く時点では気がついていなかったのだが、その後、これには次の課題が発生することに気がついた。

本人が自律出来ていても、家族、親族が全員自律出来ているかはわからない。

お金のトラブルの本当の恐ろしさは『本人に返済能力はないが、本当に困ったときにお金を貸してくれる人が身内に居る場合』に最大化し、最終的には人間関係を壊してしまう。奇跡的に上手く抜け出すことができなければ最後には親族間で憎しみしか残らないこともある。この事態を実際に私は身内でも見てきたし、そういった話を他人から聞くこともある。

直接お金を渡す相手は自分の信用できる大切な人かもしれないけど、その大切な人は別の大切な身内を守るために返ってこないとわかっているお金を渡し続けているケースなどもある。そのお金を渡すという行為は『困っているのを見ていられない』という決して否定できない気持ちからなのだが、そのお金を渡している間は適切な行政のサポートも受けることができなくなり依存度と傷はどんどん広がっていく。

最終的にお金が渡っているいる相手から見ると、『自分は借りたお金も返せないくらい毎日お金に困っている可愛そうな人だが、温情のあるいい会社に努めている幸せ者が身内にいてよかった。いい会社だ。』以上の感想は出てこない。『お金のことが心配で業務に集中出来ない。』という事態を防ぐために導入された、ゆめみの給与額を自己決定できるというシステムは理念とは逆に上記の問題を悪い方向に持っていくリスクがあるのだ。

ということで、今後は給与額自己決定の条件として、お金に関するリテラシー教育と共依存を防ぐための教育などをセットにしていく必要はあるかもしれない。

親族の中で『打ち出の小槌』の扱いになってしまうと、職場の中で一緒に長く働ける人間でなくなってしまうのだ。

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