見出し画像

超低ノイズなスイッチング電源 (LLCコンバータ) を作ってみた (設計編)

イントロ

こんにちは。
スイッチング電源について、ノイズが多いという印象を持っている人も多いと思います。特にオーディオなんかはスイッチング方式のACアダプタを避け、トランス方式 (リニア方式) の電源を使っているものが多いようです。でもスイッチング電源をできるだけ低ノイズに設計したらどうなるか、気になりませんか?
ということで今回は、低ノイズに努力を全振りした、超低ノイズなスイッチング電源を作りました。

コンセプト

今回作る電源は、主に自作オーディオアンプの電源やその他精密アナログ回路を想定し、以下のようなスペック・方針にしました。

  • 入力: AC100V

  • 出力: ±20V, 連続 (正負合計) 3A, 数秒間なら5A

  • とにかく低ノイズ。効率・大きさ・ノイズが背反するときは、常にノイズを優先する

  • 安心して常用できる程度の安全性と頑健性は持つ

  • 抑えるべきノイズには出力電圧のリップルはもちろん、コモンモードノイズ・放射ノイズも含む

  • ただし対策が容易な低周波領域 (10Hz~200kHz) のディファレンシャルの出力リップルについては、後段のリニアレギュレータで除去することにする

ノイズの種類や特徴

ノイズというあいまいな単語を連呼するのも良くないので、今回ターゲットとするノイズの説明をします。
一般的に電子回路で発生するノイズというと、大きく分けて以下のものがあります。

  • 放射ノイズ

    • 磁界

    • 電界

    • 電磁波

  • 伝導ノイズ

    • ディファレンシャルモード

    • コモンモード

しかしこれらのノイズは互いに結びついていて、容易に違う形のノイズに変換されます。例えばコモンモードノイズはインピーダンスの不平衡によりディファレンシャルに変換されますし、放射ノイズは回路に入ると伝導ノイズになります。つまりこれらは基本的に一体であり、結局全てについて可能な限り発生量を減らすのが第一ということになります。

またノイズは周波数ごとに結構特性が異なります。

  • 超低周波 1Hz~250Hz

    • 交流電圧を整流した時のリップルなど。リニアレギュレータで除去できる。ただしリニア電源のトランスが出すような、磁界で干渉してくるノイズは物理的に距離を離すしかない。

  • 低周波 250Hz~20kHz

    • 間欠動作や制御回路の発振など。セラコンがこの周波数帯で鳴くとうるさい。リニアレギュレータで除去できる。ただしリニア電源のトランスが (以下略)

  • 中周波 20kHz~200kHz

    • スイッチング周波数の基本波成分など。リニアレギュレータやリップルフィルタで除去できる。

  • 高周波 200kHz~20MHz

    • 基板パターンやトランスからの放射ノイズなど。除去が難しく、特にコモンモードになってしまった場合は高コストなコモンモードフィルタを使って対処するしかない。

  • 超高周波 20MHz~1GHz

    • 基板パターンやトランスからの放射ノイズなど。一度発生するとシールドで囲って閉じ込めるか、受信側にフィルタを入れるぐらいしかできない。

※あくまで個人の感想です。

中周波以下のノイズは除去が割と簡単なことを考えると、高周波以上のノイズを重点的に抑えるのが重要です。一般的にはスパイクノイズと呼ばれる成分です。スパイクノイズの大きさには回路構造のみならず、部品の選定やレイアウトなど多くの要素が関係します。

電源のリップルノイズとスパイクノイズ (引用)

ちなみに電源トランスで直接電圧を落として整流するタイプのリニア電源であっても割とノイズは発生します。
コンデンサインプット型の整流回路に流れる電流は正弦波にはほど遠く、数100Hz~数10kHzまで多くの高調波を含んでいます。さらに整流ダイオードがターンオフする瞬間には、ダイオードの容量とトランスのインダクタンス成分が共振し、数10MHz以上の高周波ノイズが発生します (参考)。スナバやフィルタを入れることで減らすことはできますが、0にはできません。
整流回路に流れる多くの高周波成分は、巨大なトランスによって強い磁界として空中に放出されます。こうなるともう物理的に距離を離すしか対処方は無いです。
若干誇張されていますが、このサイトにも似たようなことが書いてあります (ちなみにAHB2の電源も内部写真を見る限りではPFC+LLCコンバータです) 。
※よくハムノイズという言葉を聞くと思いますが、ハムノイズは50Hzの音ではありません。整流回路の電流やトランスの非線形動作による高周波成分がそう聞こえています。嘘だと思うならスピーカーから50Hzの正弦波を流すとよく分かります。

回路構成

というわけでいきなり全体の回路図です。

全体回路図

スイッチング電源の方式にはLLC (SMZ) コンバータを用いました。
LLCコンバータはサンケンが1990年ぐらいに開発した、低ノイズスイッチング電源の定番方式です。当初はSMZ (Soft-switched Multi-resonant Zero-current-switching converter) という名前だったのですが、特許が切れたあたりからLLC (名前のままLが2つとCが1つ) という名前で他社が呼び始め、そちらが定着したようです。国内だと全波共振とか複合共振とも呼ばれているようです。動作原理はここでは説明しないので、適当にググってください。

LLCコンバータの基本回路 (引用)


LLCコンバータの1番の特徴は、トランスの漏れインダクタンスを使えることです。絶縁型電源でノイズ (特にコモンモードノイズ) を減らすためには、1次巻き線と2次巻き線間の浮遊容量をできるだけ減らす必要があります。しかし2つの巻き線を離すと結合が弱くなり、漏れインダクタンスと呼ばれる成分が増えます。
一般的なスイッチング電源の方式 (フライバック、フォワードなど) は漏れインダクタンスにより性能が大きく悪化するため、サンドイッチ巻きのようなできるだけ結合の高い巻き方をする必要があり、1次巻き線と2次巻き線間の浮遊容量は、LLCコンバータのトランスに比べて大幅に大きくなります。

フライバック電源のトランス (引用)
漏れインダクタンスを減らす巻き方は巻き線間の浮遊容量を増やす
LLCコンバータのトランス (引用)
1次巻き線と2次巻き線を離せるので、浮遊容量が少ない

LLCのもう一つの特徴として、動作波形が全体的に滑らかなことがあります。特に1次側のトランジスタが完全にソフトスイッチングするので、回路の調整しだいではノイズを少なくできます。
といっても最近よく使われる QR (Quasi-Resonant) Flybackや ACF (Active-Clamp Flyback) などもソフトスイッチングするので、ここは他の方式に比べて大きなメリットというわけでは無いです。

LLCコンバータの動作波形 (引用)

LLCコンバータのコントローラにはTIのUCC256404を使いました。2019年登場の比較的新しいICです。
LLCコンバータは動作条件がかなりシビアで、特に限界ギリギリまで出力を出せるように、かつ共振外れを防ぐようにするためには、単純なPFMコントローラでは不十分です。Time-Shift Controlを汎用マイコン上に実装するのも面白そうですが、回路が複雑になるので今回は見送りました。

再度全体回路図

さてLLCコンバータについて好きなだけ語ったので、回路構成について説明していきます。

AC100V入力部

まずAC100V入力はヒューズ、コモンモードフィルタ、ブリッジダイオードを通って200V100uFの1次側コンデンサに送られます。この回路は大体どこの電源回路も同じです。(YコンはC27,C30ではなく次の図にあります)
ブリッジダイオードの入力にはRCスナバを入れています。ダイオード整流回路はターンオフ時に結構高周波のノイズを出すので、スナバ回路を入れることでノイズを減らすことができます。これはトランスを用いたリニア電源でもよく使われています。
自作する場合の注意点として、AC100Vの入力部は回路全体の安全性に大きな影響を与えるので、ちゃんとしたものを使う必要があります。特にヒューズ、コモンモードフィルタ、バリスタ、Xコンデンサ、Yコンデンサは汎用品ではなく、規格に準拠した専用品を使いましょう。省略するとしてもヒューズだけは絶対に入れろ

LLCコンバータ1次側・コントローラ

1次側コンデンサの後ろにはLLCコンバータが繋がっています。回路はコントローラUCC256404のアプリケーションノートとほとんど同じです。
スイッチング素子には最近話題のGaN FET (TP65H150G4LSG) を使いました。カスコードタイプなので、Si用のゲートドライバで直接駆動できます。GaN FETにはボディーダイオードが無いので、念のために並列にダイオードを入れました。
ノイズを抑えるため、FETには割と大きなコンデンサを並列に入れています。ここの容量を増やすとdV/dtが小さくなるので、特に数十MHz帯のノイズを減らすことができます。ただし効率は落ちます。
スイッチング周波数は100kHzです。ハイレゾの帯域幅が40kHzらしいので、一応それより上になるようにしました。
PFC (力率改善) 回路は搭載しません。電力が少ないので力率が悪いことによる悪影響は大きくなく、電圧が上がることによるノイズの増大、インダクタ同士のカップリング、回路の複雑化と面積の増大など多くの懸念があるからです。

2次側整流・フィードバック

2次側も一般的なLLCコンバータと同じです。ノイズを減らすため、RCスナバを強めに入れました。同期整流は回路が複雑になるため、今回は採用しませんでした。秋月で売っているブリッジダイオード1つで正負の整流を行います。TL431とフォトカプラで出力電圧のフィードバックを掛けています。これも定番回路です。位相補償は適当です。UCC256404はLLCにしては珍しく電流制御に対応しているので、普通のPFMコントローラよりちょっと応答が早いという特徴があったりします。OCPやOVPはコントローラがやってくれるので、フォトカプラを二重にしたりはしていません。ちなみにTL431は古いICなのでいろんなメーカーが発売しているのですが、データシートを見比べた限りではオンセミのものが一番ノイズが少なかったです。
出力にはリップルを落とすためのLCフィルタを入れています。適度にQ値が低いインダクタを使わないと、LC共振のピークにより過渡応答が悪化します (参考) 。

ところでこの回路を設計している途中に、サンケンからこんな論文が出ているのを見つけました。20年以上前の設計ですが、今回のものとコンセプトや仕様が非常によく似ています。というわけで今回の設計は、昔の論文を最新のデバイスで作り直しただけということになっていまいました…。

ほぼ同じコンセプトのサンケンの論文
20年前とは思えない完成度
今でも低ノイズに関してはトップクラス

トランスの設計

LLCコンバータはトランスの設計が面倒です。適切な動作をするためには、共振回路の各要素を適切に決める必要がります。

LLCコンバータの共振等価回路 (引用)
LLCコンバータの周波数特性 (引用)
基本的にBの領域で動作させる

計算にはTIが提供している設計用のExcelシートを使いました。それっぽい値を入れていくとそれっぽい値を出してくれるのでとても簡単です。
今回はPFCを使わずAC100Vから直接LLCを動かすので、入力電圧の幅が割と広いです。整流後の電圧 (交流電圧の√2倍) を110V~160Vとしました (下図のオレンジと緑の線です) 。
実際のLLCコンバータでは、出力電圧が一定となるようにスイッチング周波数を制御することになります。何らかの原因でゲインのピークより周波数が右に行くと、共振外れと呼ばれる損失が大きく出力が制御不能の状態になります。しかし今回使うUCC256404は共振外れ防止機能を持っているので、周波数範囲などの細かい設定は行わなくて済みます。

今回の設計

インダクタンスや巻き数比が決まったので、次にトランスの層構成について考えていきます。

近頃AC/DC電源を自社で作りたい、というお客様が増えている気がします。先日も「5V/3Aの15W電源作りたいのですが、TIのUCC2xxxで作れますか?」とのお問い合わせを頂きました。理由を聞くと「購入品は高いから」とのこと。

そんな方に筆者から一言。。。

IC選ぶ前にトランス検討しようよ!ねぇ!(切実)

トランスの出来栄えで絶縁電源の品質は6割決定します。トランスはノウハウの塊です。インダクタンスや巻き数は机上で算出できますが、使う線材、絶縁距離、安全規格、巻構成・・・などなど、巻いて初めてわかることが多いです。最適解はありません。こればかりは経験の積み重ねが必要です。

引用

同じになった。トランスの構成には性能・ノイズ・コストなど様々な要素が関係します。正直今回の自分の設計が最適である自信は全く無いです。
それを踏まえたうえで、今回のトランスの構造はこうしました。

トランスの巻き線構造 (雑)

コアとボビンはLLCコンバータ用の、巻き線部が分割されている特殊なものを買う必要があります。しかし秋月や日米商事はもちろん、DigiKeyなどの海外部品サイトでも売っていません。結局 Aliexpress で買いました。ETD34の分割ボビンです。5個で3000円ほどチョットタカイ。寸法図がサイトに書いてありますが、届いたものは全体的に3mmほど大きかったです。
1次巻き線は0.29mm UEWの5パラを26Tです。秋月で0.29mmが売っていたので、今回のトランスは補助巻き線を除いて全て0.29mmで巻いています。ノイズを減らすため、dV/dtが大きいスイッチングノードは2次側から離し、かつ巻き線の内側に閉じ込めてあります。
2次巻き線は0.29mmの4パラを5Tです。1回4本をねじってリッツ線のようにまとめてから巻いています。巻き線同士の結合を上げるため、バイファイラ巻きにしています。
3次巻き線は0.4mmを4Tです。回路的には1次側に接続されますが、2次巻き線の方に巻くため、適切に絶縁をする必要があります。今回はTEX-Eという三層絶縁線を使いました (オヤイデで売っています) 。絶縁テープ無しで強化絶縁をクリアする優れものです。
1次巻き線からトランスのコアを通して2次巻き線にノイズが入るのを防ぐため、コアは1次側GNDに落とします。

手巻きトランス (コアの設置をする前)
ギャップ長はLCRメーターで測りながら調整
裏側

さてこのままだとインダクタンスが大きくなりすぎてしまうので、フェライトコアにエアギャップと呼ばれる隙間を開ける必要があります。エアギャップの開け方には真ん中だけ隙間を開ける方法と、全ての足に隙間を開ける方法の2種類あります。
全ての足にギャップを開ける場合は、ギャップの長さをスペーサーで簡単に調整できるので作るのが楽です。自分も普段はこうしています。
一方真ん中だけギャップを作る方法は、ギャップから漏れる磁束がトランス内部に閉じ込められ、漏れ磁束が少ないという特徴があります。2つのコアが導通するので、同電位になるというメリットもあります。ただ漏れ磁束がシールドされて熱になる分効率は下がります。また、コアをギャップに合わせて削る必要があるので、特に試作の場合は作るのが面倒です。

2種類のエアギャップの開け方 (引用)

さて今回はどうするかというと、コンセプトが「努力を低ノイズに全振りする」なので、外部への磁束の漏れがが少ないセンターギャップを採用するしかないです。コア頑張って削りますw。

※写真を後で張る

というわけで削りました。濡らしながらやすりで削ると意外といけます。

基板設計

スイッチング電源では基板設計はとても重要です。特にノイズ性能は、部品の配置の影響を大きく受けます。

基板のレイアウト
赤が表、青が裏の両面基板

ノイズを抑えるためには
1. dV/dtが大きい配線の面積を減らす
2. dI/dtが大きい電流のループ面積を減らす
が特に重要です。
今回の基板では、1. はLLC1次側スイッチング部と2次側の整流ダイオードの入力、2. は1次側スイッチング部の電流ループと、2次側の整流電流ループに当たります。いずれもできるだけ小さく、省面積に配線しているつもりです。
1次側スイッチング部については特にdV/dtが大きいので、GNDを重ねてお気持ちシールドをしました (片面だけなので効果は不明) 。
あと細かいことですが、それぞれの磁気部品を直交する向きに配置しています。特にメイントランスからコモンモードフィルタへの磁気干渉は結構効くので注意が必要です (参考) 。
ヒートシンクは使っていません。ヒートシンクはどうしても電磁波のアンテナになってしまうので、なるべく使わない方が良いです。今回は定格電力が小さいので、ギリギリヒートシンクが無くても熱的に耐える設計になっています。もしヒートシンクを使うなら、上のサンケンの論文にあるように、GNDなど安定電位に接続すると影響を最小限にできると思います。

またノイズ的な話とは別に、高電圧が加わる1次側はパターン間に適切な距離を開ける必要があります。今回はここを参考に、高電圧部分は1mm以上開けています。
また、1次と2次の間や、AC100V入力部のヒューズより手前は強化絶縁として3mm以上開けています (参考) 。

AnkerのACアダプタの様な超高密度な基板ではありませんが、それなりに良い設計ができたと思います (自画自賛) 。こうした方が良いなどのコメントがあればぜひ教えてください。

動作確認

というわけで実際に作ってみたものがこれです。一発で動きました。はい天才。
負電源側の一部部品はまだ実装していません。

基板表面 動作確認段階なのでトランスの設置やシールドはまだ
基板裏面 高いGaN FETを壊したくないので一旦Siで動作確認

1.5A (30W) 出力時の1次側スイッチング部の電圧とトランス電流はこんな感じです。LLCとして正しく動いてそうです。スイッチングの瞬間に少し高周波の振動が載っているのでゲート抵抗を調整した方がよさそうです。
出力電圧をスペアナで見た限りでは、普通のACアダプタより明らかに高周波ノイズは少ないです。ただちょっと研究の進捗がヤバくなってきたので、詳細な測定結果は後で別の記事に書きます (オイ) 。

1次側のスイッチング部の電圧 (上) とトランスの電流 (下)
電流は0.9A/div
出力電圧の変動 @30W
黄色~緑色が自作電源のリップル (大体1mVp-p)
青色は主にオシロ側のスイッチング電源のスパイクノイズ
たぶん位相補償を頑張ればもう少し減る

注意点

AC100Vを扱う回路には、主に安全性の面から、他の回路には見られない多くの決まりがあります。今回紹介した設計が安全である保障は一切ありません (設計者は実務経験の無い大学生です) 。必ず他の、製品レベルの設計も参照し、安全第一で作りましょう。

参考文献

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?