俺は恋のために18歳の誕生日にゲイ風俗をはじめた

こんにちは。たろうです。

今回は、高校生の頃の話をしようと思います。

高校は親の方針で家から徒歩3分の普通科の全日制高校に入った。

実家が北海道なので、田舎特有の〝親族の周りの目〟のためだけに進学を選ばされた。

学業に興味を持てないアイドルオタクだったので、もちろん不登校で通信制高校への編入を余儀なくされた。

そんなタイミングで友人がきっかけでとあるメンズ地下アイドルのライブを観ました。

まだメンズ地下アイドルの現場が閉鎖的な空間、いわゆる〝閉じコン〟だった時代です。

衝撃を受けました。

あの時の感情が一目惚れで、初恋だったと今考えたら思います。

月に30回以上ライブがある異様なグループだったので、いつでもライブがありました。

チェキも撮れて会話や接触も出来て、その時間は自分のことを思ってくれている。

家庭環境もボロボロ、実家に居場所がなかった自分にとってすぐに心の拠り所になりました。

北海道と東京を行き来する生活、もちろん金策に苦しみます。

最初はメルカリが出始めで勢いがあったり、チケットの先着取得が得意だったのでありとあらゆるものの転売をしましたが、安定はしませんでした。

そこで、春を売ることを決めました。

一番最初は地元の寂れたデパートの男子トイレの個室で口淫をするだけ、その数十分で1万円を得ました。

1万円でチェキが10枚撮れます。2回ライブにも入れます。

衝撃を受けました。これを続けたらもっとたくさん会える。

汚い・苦しいという感情は一ミリもありませんでした。

そこからというものの、北海道には戻らなくなり、東京でひたすら春を売りました。

どうなってもよかった。だからなんでもした。

そんな日々が続いている時に、いつもの掲示板から〝売り専〟への勧誘メールが届いた。

18歳の誕生日が近かったこともあり、事前に準備を進めて寮生として入店することはできないかと打診すると、快く受け入れてくださるお店でした。

今考えると、17歳のうちに宣材写真を撮り終え、辞めたと嘘をついた通信制高校の学生証と保険証だけで簡単に雇うのはおかしいです。
※現在は閉店しています

インターネットに顔を晒し、陰茎のサイズも公表されることに抵抗がなかった。

それでも、毎日が光っていたから。

魔法にかかっていたんだと思います。

例え職場が匿名掲示板に晒されようが、どうでも良かった。

それでお金が手に入って、会いにいけるのならば。

紆余曲折ありましたが、人生で一番大きな恋はまだ続いています。

死ぬ時に思い出す人は1人しかいないと思います。

ありがたいことに現在のお仕事を忙しくしせていただき、低気圧もあり、精神的に疲弊しているので殴り書きで自分語りをしてしまいました。

申し訳ありません。

そのグループはとっくに解散しているのですが、
大好きな曲の大好きな歌詞があります。

「忘れられないような恋をしたんだ 全て見失うほどに君が好きだったんだ」

まさにその通りです。大好きでした。

皆さんの人生で一番大きな恋の話も知りたいです。

それでは、仮眠をとります。おやすみなさい。

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