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第33話 ママの長男 ゆーちょんの「ネギ事件」

「お母さんはお兄ちゃんが高校生の頃、ネギでお兄ちゃんの頭をぶん殴ったよね」

突然、しょうちゃんが、夕食の肉じゃがをほおばりながらそう言った。


今夜は、ゆーちょんが会社の休みを利用してやってきていた。

ママとしょうちゃんに、ゆーちょんが加わって、ご飯はいつもよりにぎやかだ。


ゆーちょんはママの長男で、次男のた―くんみたいに離れたところで暮らしている。

た―くんとは少し歳が離れているみたい。

た―くんの妹のしょうちゃんとはさらに歳の差があるから、二人を比べても兄弟には思えない。


ゆーちょんはた―くんとは違って少し態度がデカいよ。

ママに対しても、妹のしょうちゃんに対しても。

た―くんとは正反対で、自信にあふれている感じ。

てか、イバってる感じでもあるよ。


ママにソースをとってくれ、とか、お代わりを要求したり。

それでもママは立ったり座ったり、せっせとゆーちょんの希望通りに動いている。



「ネギでねぇ。そんなことあったっけねえ。」

ママは、そう言いながらも多少は覚えがあるらしい。

しょうちゃんからの視線をそらすと、急いでご飯を口に押し込んだ。


ゆーちょんは、今のしょうちゃんと同じ高校生の頃、だいぶママを困らせたらしい。


難しい年ごろだからね~。

ママの二人目の子のた―くんも、3人目の子のしょうちゃんも、ゆーちょんほどママを困らせたことはないそうだ。


そのネギの話は、もう10年も前こと。

ここに来る前に住んでいたおうちでの出来事だよ。


当時、高校生だったゆうちょんは、少しのことで何かと腹を立て、ママに反抗していたそうだ。

それは弟のた―くんと妹のしょうちゃんとの兄弟げんかにも波及する。



10年前のある日、ママは掃除しようと、ゆーちょんの部屋に入って驚いた。

何と、和室のその部屋の京壁が一部崩れ落ちていたのだ。

ママの目の高さほどの位置の京壁が、手の平サイズほど崩れ落ちて土台の板目が見えている。

しかも落ちた壁は片付けもされないまま畳の上に放置されているのだ。



京壁は、土や砂にノリなどを加え、砂の目がそろうように繊細に仕上げたもの。

 きれいに砂の目がそろった京壁はとてもに美しく、腕の良い左官さんが丁寧に仕上げてくれたものだ。


ママはそれを見るや否や怒りがこみ上げた。

住宅ローンがまだまだ残っている、ママにとってはやっと手に入れた大切なおうちなのだ。


当然にママの怒りはゆーちょんに向けられた。

リビングのゆーちょんに駆け寄り、問い正す。


聞けば、弟のた―くんとけんかをして怒り狂い、壁が崩れるほど、こぶしで、ぶん殴ったそうだ。


何てことしてくれたの!

ママはその怒りをゆーちょんにぶつけた。

修理費用のことが頭をグルグル回っていたのだと思う。

手にケガをしたはずのゆーちょんより壊れた壁の方が大事だったのだ。


当時は、三人の、しかも食べ盛りの子どもを抱えて、決して余裕のある暮らしとは言えなかっただろうからね。


はあ?なんだよ!

謝ることもしないどころか、口答えをしてくるゆーちょんにママの怒りはマックス状態。

ママの剣幕では、ゆーちょんに謝る余地はなかっただろうけどね。


ちょうど台所のカウンターの手が届く位置に夕食用に1本のネギが出してあった。

ママはそのネギを握りしめた。

そして、そのネギでゆーちょんの頭を思い切りひっぱたいたのだ。


そのあとの血みどろの戦いは三人ともよく覚えていないみたいだけど・・。

いずれにしても壮絶な状況になったことは確かだよね。


当時しょうちゃんは、まだ小学校の低学年だっただろう。

怖かっただろうね。

大人二人が家の中で強烈な争いをしている現場にいるなんて。


だから折に触れて、しょうちゃんはそのことを話題にする。

今となっては笑い話で終わってるんだけど・・。


ボクは、ひっぱたいた道具がネギで良かったと思う。


もし、固い棒だったらゆーちょんはどうなっていたことか。

救急車で病院に担ぎ込まれていたかもしれないよ。


住宅ローン。

兄弟げんか。

反抗期の高校生。

仕事と家事。

人間の人生もいろいろあるよね。


今はすっかり穏やかになったママ。

若いころは自分よりも大きな息子に本気でぶつかっていくのをボクには想像ができなかった。


今のママに出会えて良かったな。

ボクはふとボクのミドルネームになった「さっちゃん」というあの柴イヌのコのことを思った。

忙しい生活の中でその柴犬のコ「さっちゃん」を幸せにできなっかったママ。


幸せにできなくてごめんね、の気持ちを込めてママはボクのポッキーという名前の後にミドルネームとして「サチコ」と付け加えた。

さっちゃんの分もボクを幸せにするために。


ポッキー サチコ ヤマシタ

これがボクの登録上の名前だよ。


だからボクはいつも「さっちゃん」と一緒にいる。

今は、さっちゃんもボクと同じように幸せになったと思う。


今度、妖精のたみちゃんにお願いして「さっちゃん」の気持ちを聞きに行こうかな?

そう思うとボクは、大きなあくびがひとつ出た。


食卓では、そんなことがあったのがウソのような3人の笑い声がしている。

ボクは例のカウンターチェアの上で立ち上がり、ゆうちょんの方をじっと見た。

そうして前足をモジモジさせてみた。


「ゆーちょん。ポッキーにお肉を分けてあげて。」

ボクの気持ちに気づいたママはゆうちょんを促した。


ボクはゆうちょんが分けてくれた豚肉をくわえた。

だけど、すぐには飲み込まなかった。


さっちゃん、一緒に食べようね。

ボクは、悲しく命を終えた、柴犬のコさっちゃんが遠慮してそーっとくわえるのを待った。

そうしてさっちゃんと一緒に、ゆうちょんのお肉を分けっこして食べた。





今日も最後まで読んで頂きありがとうございます。

このお話に出てくる柴犬のコ「さっちゃん」は第15話でお話しています。

良かったらそちらもご覧いただけると嬉しいです。

それではまた、次のお話でお会いいたしましょう。

















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